五百十七、1.ミャンマー経典学習会(その三)、2.NHK国際放送ミャンマー語制作者来場


平成25年
十二月二十三日(月)「新しい通訳」
二十年間日本に滞在し日本語の仏教用語にも詳しいミャンマー人が二ヶ月前に帰国した。今月から通訳をだうするのか心配しながら昨日ミャンマー経典学習会に参加した。東上線が近いが私は地下鉄の千川で降りて2Km歩いてしまふ。経済の規制下で利益を上げる鉄道、放送、新聞などは嫌ひだからできるだけ金を回さないようにしようといふ配慮である。今まで東上線を使つたのはミャンマーの高僧が来日し経典学習会の後に拝謁しお話を承つたときの帰宅の一回だけである。
僧侶の法話の前に瞑想を行ふが日本人三人、ミャンマ人一人しかゐない。毎週行はれる日本人僧侶の瞑想会に多くの人が流れたためである。それでも僧侶の法話のときには日本人六人にまで増へた。

十二月二十三日(月)その二「珍しい訪問者」
法話の途中でミャンマー人の人が戒壇の外から僧侶とミャンマー語と何か話をした。暫くしてミャンマー語を一年間学習したといふ十人以上の人達が入つて来た。中心者の人が僧侶に三拝してくださいと言ひ皆が三拝した。ほとんどの参加者はかなりぎこちなく今回が初めてだと判つた。法話に中心者の人が笑顔でうなづいた。中心者はミャンマー人なのかと思つた。
途中でまたミャンマー人が部屋の外から僧侶に何か話しかけ次に我々に向ひ日本語で二階が空いたので四階は狭いから移動しますといつた。移動の時に東京外大ですかと聞くとNPO主催で皆、社会人といふことだつた。
二階は本堂だから参加者は戒壇と本堂と両方見学できてよかつた。今日は増支部経典「カーラマ・スッタ」である。私の後方にゐたミャンマー語講座の二人に日本語訳を貸してあげた。熱心に読んでくれた。休憩時間に中心者の方が『僧侶に向かつては自分のことを「私」と言はず「弟子」といふ。僧侶も我々のことを「檀家」と呼ぶ』と解説してくれた。
休憩後の質問の時間に中心者の方がミャンマー語で質問し僧侶が答へた。両方合せて五分以上の長さだつた。終つたあと中心者の方はミャンマー人の新任通訳の方に通訳を依頼した。中心者の方は話すのは十分だが聞くほうは多少自信がないのかなと思つた。尤も終つたあと「僧侶は発音がきれいだから聴き取り易かつた」と感想を述べられた。
私は父のことを思ひ出した。毎月豊島公会堂で「中国映画を観る会」がありほとんどすべて参加したが、下に字が出るから理解できると述べてゐた。北京大学に留学してこのくらいなのである。
私の英語も同じである。仕事で使ふ分には問題ないが映画だと判らない。映画を聞き取れるようにならうと厖大な時間を使ふ人がゐるが、外国人はきれいな発音を聞き取れれば問題はない。

十二月二十三日(月)その三「NHK国際放送」
終了後に皆で一階に移動しお茶を飲んだ。中心者の方は用事がありそのまま帰られた。帰る前に一人の参加者が中心者の人に「ラジオに出演されたのを聴きました」といふので、その参加者に聞くと今の方はNHKのミャンマー語放送のアナウンサーださうだ。
インターネツトで調べるとアナウンサーは間違ひだが更に詳しく判つた。田辺寿夫氏でNHKに半世紀にわたつて勤務しビルマ語ニュースの制作を担当。大阪外国語大学でビルマ語を学びヤンゴン大学に留学した。
在日ミャンマー人には反政府の人も多いから田辺氏も日本やミャンマーで取材すると反政府側の人と会ふ機会が多い。それは我々も同じである。来日した高僧はミャンマーで逮捕されたし10月まで通訳をしてくださつたミャンマー人は本国から旅券を更新してもらへず滞在期限を過ぎてゐた。今回のミャンマーの民主化で旅券を発行してもらへた。だから帰国するのに日本の入国管理局に出頭したり大変だつた。
その一方で私はミャンマー政府とは一切の係りがない。だからといつて私はミャンマー政府を批判したり自由だの民主主義だのと叫んだりはしない。在日ミャンマー人が困つてゐれば助けるべきだが西洋の感覚でミャンマー社会を破壊するようなことをしてはいけない。ミャンマーを良い方向に向けるべきだ。

十二月二十三日(月)その四「せつかくの楽しい雰囲気が一変」
田辺さんが帰られたあと受講グループは事務局の若い女性が引き継いだ。しかしこの女性の非常識な質問で今までの楽しい雰囲気は一転した。政府が変つたのとグローバリゼーションの影響でこれまでの仏教は変る或いは無くなるのではないかといふようなことを質問した。私は即座に、タイでも仏教は残つてゐるからミャンマーでも仏教はずつと続くと反論した。通訳をしてくれた人は一階にはゐなかつたので別のミャンマー人が仏教の特長をたどたどしい日本語ではあつたが一所懸命に説明してくれた。
まづグローバリゼーションなる珍妙な用語を使ふ人間にろくなのはゐない。日本を西洋化したい人間が使ふ。この女性は西洋のキリスト教の寺院や教会に行つてキリスト教は変る或いは無くなるなんて質問するか。する訳がない。仏教やイスラム教やヒンドゥー教でも同じである。西洋の地球温暖化文明で他の地域を軽蔑の眼で見るのは戦前の軍国化した日本人が他の地域を見下したのと何ら変らない。
ミャンマー語の受講者はミャンマーに興味がある人達だからミャンマー文化に敬意を持つてゐる。田辺さんも勿論ミャンマー文化に敬意を持つてゐる。ミャンマー文化に敬意を払へない人は本堂と戒壇のある神聖な建物に来るべきではない。或いは、来てもよいが西洋かぶれの観点で質問をするべきではない。

十二月二十三日(月)その五「田辺さんの解説」
田辺さんは会場を後にする前に、ミャンマー語で書かれた表示をいろいろ解説してくれた。この建物は在日ミャンマー人がお金を出し合つて3900万円で購入したこと、一階の黒板のカレンダーには誰がいつ僧侶の食事を寄進するか書かれてゐること、此処に常駐するセヤドー(僧侶)のほかにミャンマーから若い僧が数ヶ月交代で一人日本に来ることなどを話された。
話を聴いてゐて私もミャンマー文字を読めて辞書を引けるところまでミャンマー語を勉強しようかといふ気に一瞬なつた。しかし時間がないのが難点である。英語は共通語なんて言つてはいけない。ミャンマー人やスリランカ人が英語で話しそれを日本語にすると肝心な部分が欠けてしまふ。技術として学ぶならそれでよい。しかし心として学ぶにはそれでは駄目である。

十二月二十三日(月)その六「セヤドーの法話」
カーラマ・スッタには真理を知るためにしてはいけないことが十種書かれてゐる。質問の時間にそのなかの九番目は英語版の日本語訳だと「その人が有能であるからと言つてその主張に従はないこと」だがセヤドーは「可能性があるからと言つてその主張に従はないこと」と説法された。セヤドーの回答はパーリ語では後者が正しく英語訳の内容は十番目の「出家者は私たちの先生だからと考へて従はないこと」だといふ。その理由はパーリ語だと一番目から十番目まで重なる部分は一つもないが、外国語にすると意味の重なる部分が出てくるためである。
私がかねて英語を通すと技術はよいが心では内容が消失すると考へた理由の一つが解明される思ひであつた。カーラマ・スッタは多くの出家者やバラモンがカーラマ人の町を訪れて自分の教義が正しく他の教義は間違つてゐると非難するが誰が真理を語つたのかといふ質問へのブッダの答である。(完)

追記十二月二十六日(木)「始まる前の話題」
瞑想が始まる前に戒壇にて皆で待機、雑談をしたとき小学校低学年くらいの女の子二人が入つてきて、座布団に座つたり騒いだり私のかばんを勝手に別の場所に移したりいろいろ悪さをした。二人とも日本語を話すが、一人はミャンマー風の子供服を着てゐる。しかも日本人の子供に比べて人見知りせず奔放に遊ぶところに日本と少し違ふところを感じた。しかし西洋の子供に比べればはるかに共通点がある。日本人はプラザ合意以降、残念なことにアジアの共通点に気付かないようになつてしまつた。(完)


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