四百九十、池上本門寺お会式(全く期待外れだつた田中智学系団体の講演会)


平成25年
十月十三日(日)「池上本門寺の参道」
私はこれまで池上本門寺のお会式に参詣したことはない。そこで今年は池上本門寺に行つた。田中智学系の団体が10時から午後4時まで講演会を開く。これも聴かう。この団体の会長の講演は聴いたことがないから、前日から楽しみにしてゐた。
朝10時前に参道を歩くと多数の露店が準備をしてゐる。韓国料理の店が7店くらいあつただらうか。看板に朝鮮文字を書いた店もあつた。中華料理の店も2店くらいあつた。日本のマスコミは偏向がひどいから産経、読売の側と、朝日、プチ朝日、新聞失格東京パンフレットの側は、それぞれ反対の立場から中国、韓国との親善を妨害する。しかし国民の意識を完全に変へることはできない。

十月十三日(日)その二「十時から十三時まで」
境内に到着の後は、大堂、大坊本行寺などを参拝し十時を待つた。大堂左側の屋外で十時から会長らしい常識のありさうな方が「今年で50回目だが、毎年規制が厳しくなり、今年が最後かも知れない。第一回に参加したときは二十歳だつた」といふ話があり、次に20名くらいがまづ大堂前で読経唱題した。私はその後を付いて行つたが読経唱題のときは少し離れた位置にゐた。彼らは数珠を用いず、なるほど田中智学の門流は数珠を使はないのかと納得した。
彼らはその後、御廟所に向かつたが私は大堂に残つた。講演は午後一時からと判つたので池上駅前で12時5分から12時15分までで昼食を済ませ、12時30分からの大堂下の広間での講演会に12時28分に滑り込んだ。
講演された方はもちろん一所懸命にされたのだらう。宗内に多数の僧侶がゐる中で大役を引き受けたことにも敬意を表しながら、しかし私には不満だつた。民間では来場者の心を打つ講演をしないと製品は売れない。あの程度の話をしてゐては会社だつたらつぶれてしまふ。
午後1時から屋外の講演を聴くため、12時50分で会場を後にした。部屋の一番後ろで聴く人もゐたので、邪魔にならないように頭を低くして歩き、決して講演に不満だから退場する訳ではないことも示した。
しかし講演の問題点を指摘することは次回以降のより有効な講演に繋がる。まづ講演は始めの2分が大切である。聴衆が退屈しないようにしなくてはいけない。結論あるいは全体の流れを暗示すべきだ。今回は「夢うばわれることなき宝もの」といふ題で、大人でも子どもでも見るといふ話から始めたため退屈な流れを作つてしまつた。次に初の衛星中継、ケネディー暗殺、キング牧師暗殺と「私には夢がある」の発言でやつと夢に至つたが、夢といふ言葉を出すための枕詞としては長すぎる。
ここで日蓮聖人の夢の話をされたが日蓮聖人の法華経布教は夢ではなく使命である。ましてやケネディやキング牧師の夢と同一に扱つてはいけない。それより心配なのは日蓮聖人の話をするのになぜ今回来日するケネディ大使やそのお父さんのケネディ大統領のことをいはなくてはいけないのか。現状の日本のようにアメリカ物真似がひど過ぎる国に於いてアメリカに言及することは日本の自殺行為である。

十月十三日(日)その三「ひどい講演内容」
田中智学系団体の会長の講演は宗門批判が厳しいといふことを予め聞いたが、私はそこに期待した。事実、葬式仏教だといふ宗門批判が途中であつた。ところが一言述べただけで突然変な方向に行つてしまつた。中国、韓国は国連ではチャイナ、コリアだからチャイナ、コリアと呼べばよい、と言ひ出した。その後延々と中国批判が続き時間の無駄だから退場しようと思つたが、次に講演する僧侶は私もよく知つてゐるので我慢して座つてゐた。しかしあまりに同じ話を繰り返すので退場した。丁度席を立つたとき、中華料理を食べるやつはけしからぬなどつまらない事を言つてゐた。
日蓮の本尊には天台大師、伝教大師の名が書かれてゐる。天台の出身国、伝教の留学先をよくそんな悪く言へるものだ。日蓮が生きてゐたら即座に破門であらう。勿論今の中国は共産主義国だから共産主義を真面目に批判するのならよい。私も唯物論は誤りだといふことをこれまでに何回も書いた。しかし中華料理にまでけちをつけるところを見ると共産主義が嫌いなのではない。拝米反亜なのである。その証拠に日米同盟を強化すべきだ、世界で単独防衛の国はないとも主張した。
講演者の横には「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」といふ御妙判も掲げられてゐる。だつたら日蓮によりて国を守るべきでアメリカ軍に頼つてはいけない。先ほども述べたが現状の日本のようにアメリカ物真似がひど過ぎる国に於いてアメリカに言及することは日本の自殺行為である。

十月十四日(月)「午後六時まで」
十四時から十八時まで時間を費やすのは大変だつた。境内を何回見ても時間は進まない。日蓮銅像の後方の椅子に20分くらいづつ二回座つた。これが一番長かつた。暗くなつてから大坊本行寺をもう一回参拝した。提灯や照明がきれいだつた。
15時40分に池上駅前のスーパーでストロングチューハイ(8%、500ml、125円)を買い、20分ほど掛けて参道の屋台を見ながら飲んだ。16時40分にも買つた。といふことでチューハイが時間をつぶす二番目の長さになつた。

十月十四日(月)その二「万灯お練り」
午後六時に万灯お練りが始まつた。まづボーイスカウトが行進する。人数は二十人くらいでその後に普段服の大人二十人くらいも続いた。たまたま私の前で大人が止まつたから、報道関係者ですかそれとも通行人ですか、と質問すると保護者ですといふ答だつた。その後に日本山妙法寺が団扇太鼓を叩いて続いた。題目の書かれたところをボカボカ叩くのは嫌悪感がする。ボーイスカウトと言ひ日本山妙法寺と言ひ近年に出たものである。勿論歴史の長いものには堕落や力を持つた側に有利になる仕組みも大きいから注意は必要である。
その後が本物の万灯お練りである。万灯と言ひ団扇太鼓と言ひ見事である。なぜこちらの団扇太鼓はよいのかといふと、題目が書いてない。叩いても不遜にはならない。私が日蓮と呼び捨てにすることは不遜ではないのかと言はれさうだが、歴史上の人物は徳川家康、豊臣秀吉など呼び捨てにする。それと同じで、日蓮信仰者と話をするときは私も日蓮聖人或いは日蓮大聖人と呼ぶ。

十月十四日(月)その三「三度の布教に失敗した後にすべきこと」
私が石原莞爾、宮沢賢治を高く評価する理由は、すべての人を見捨てないことである。妹尾義郎の場合は唯物論に転落したから駄目である。同じ田中智学の門下なのに石原莞爾や宮沢賢治と、大堂横で演説した反中反韓の人はなぜこんなに正反対なのかと驚く。後者の演説は産経新聞社の主張そのものである。特定の人たちとばかり付き合つてはいけない。朝日、プチ朝日、新聞失格東京パンフレットの偏向には困つたものだが、それとは正反対の立場の産経新聞ばりの主張にも困つたものである。右も左も他宗の人とも誰に対しても分け隔てなく接する。その姿勢が必要である。
最後に私が日蓮信仰より上座部仏教を優先させる理由は、日蓮信仰者の三度に亘る布教失敗にある。日蓮仏教は外国の侵略や国内の乱れのときに人気を得る。だから鎌倉時代から室町時代にかけて広まつた。江戸時代末期以降は常に外国の侵略の危険があつたから田中智学を中心に広まつた。戦後は創価学会が広まつた。しかしいづれも失敗した。
地球は温暖化で滅亡寸前といふことでもう一度布教を再開する方法もある。しかしどの団体もその気配がない。だとすれば上座部仏教を中心に各宗派が協調するしかない。
広布を目指すといふことであれば多少は無理な布教も短期間であれば容認されるかも知れない。しかし広布を目指さないのに自分たちの団体のみの正当を主張し他宗派を攻撃することは文化の破壊である。なぜなら過去の文化はすべて宗教と関係がある。そして宗教とは無関係に自由だのリベラルだのと叫ぶ唯物論に堕落する。(完)


大乗仏教(日蓮系)その九
大乗仏教(日蓮系)その十一

メニューへ戻る 前へ 次へ