三千二百二十四(うた)久しぶりに参加した自主瞑想会
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
五月三十日(土)
本日は仕事終了後、七年ぶりに自主瞑想会へ参加した。前回は日曜で、板橋区立の集会所だった。板橋区へ行くには、赤羽からバスがあればよいが、無い場合は都営地下鉄か東武東上線に乗り換へないといけない。会場予約の都合で、見次公園、新河岸、南常盤台など、毎回場所が変はった。もう一つ、日曜は母が家にゐるので、一人にする訳には行かない。そのため、二回目からはずっと欠席が続いた。
今回から、世話役の方が交代し、北区の会館を使ふやうになった。そして土曜の午後なので、参加することが出来た。午後一時に開場。早く着いたので、館内の図書館で、カードを作った。軽く、タイで出家した日本人僧の本を読んだ。直木賞作家なのに、文体が嫌ひだ。中身も、南伝仏法を軽く扱った所がある。それでも、現役の僧だ。
時間切れになったので、次回借りて、文体と内容を指摘したい。一時を過ぎたので、会場へ行った。十五名分の座布団を並べてゐるところだった。きっかりに部屋を返却しなくてはならないので、読経の後に四十五分止観、十五分休憩の後に止観を一時間を二回繰り返す。
母が土曜は、デイサービスから帰宅が遅い。だから参加できたのだが、三回は無理だ。二回目が終了した段階で、会場を後にした。読経が始まる前は八名だった参加者が、九名に増えた。
北区立会館へ行き懐かしき畳の香り 今の世は普通の家に和室なく或ひは一間のみとなり 旅館若しくは会館のみに
反歌
北区立会館へ行き畳の香なつかし快感中途で帰宅
この反歌は、会館、北区、と二つ序詞を並列に持つところに特長がある。直列の序詞は稀にあるが、並列の序詞はほとんど無いのではないか。さう思ひ調べると
ますらをの聡矢(さつや)手挟(たばさ)み立ち向かひ射る的(がたは見るに清げし
この歌は、「聡矢手挟み」「立ち向かひ」が「射る的がた」に掛かる、二対一だ。同じく大伴家持の
娘子らが袖振る山の瑞垣の久しき時ゆ思ひき我は
では「振る山」「瑞垣」が「久しき時」に掛かる。これも二対一だ。それに対し、小生は「北区」「会館」が、「快感」「帰宅」なので、二対二だ。
一回目の止観で、失敗があった。畳の上に、一枚の蒲団を折ると足が直接畳に付く。今までは大丈夫だったのに、途中から接触面が痛くなった。更に、足が攣って大変だった。絨毯のあるところだと、布団一枚で済む。畳だと一枚敷いてその上にもう一枚必要だ。
曹洞宗の坐布で、畳に足が付いて大丈夫なのは、高さがあるので体重の大部分が坐布に掛かる。臨済宗の坐布は、大きい物の上に小さいものを重ねるか、更に長いものを折り曲げてこの形にする。どちらの場合も、足が畳に付かない。ミャンマーのお寺が一枚で大丈夫なのは、畳ではなく絨毯の為だった。
止観が始まりまづ思ったことは、曹洞宗や臨済宗の坐禅が型どほりに行ふことだ。これだと、坐禅をすること自体が目的になってしまふ。最後のほうで思ったことは、南伝の止観は目を瞑るので、居眠りが出やすい。小生も、一回居眠りが出た。目を開けると、他にも居眠りをする人がゐた。この点は、半眼の坐禅が優れる。それぞれ、長短がある。
南伝の瞑想及び 曹洞宗臨済宗の坐禅には それぞれ長所短所あり 人それぞれに合ふ合はぬあり
反歌
仏法は対機説法人により止観仕方と範囲異なる
範囲とは、止観が戒定慧のうち、定なのか、それとも定と慧なのか。定のときに、止観が必要なのか、それとも止が中心でよいのか。(終)
追記六月一日(月)
和光のミャンマー寺院でも、瞑想会が始まって数ヶ月が経つ。小生が参加した時は、日本人が八名、ミャンマー人が三名だった。こちらは、もっとミャンマー人の参加が望まれる。異国の地で働くのは、苦労もあるだらう。男は高収入を目指して、肉体労働系のアジア各国へ行き、女は福祉系、食品系、商業系を目指して、日本へ来る、と記事で読んだことがある。このときのミャンマー人は、全員女性だった。
日本人は、できるだけ自主瞑想会に参加するのが、よいと思ふ。
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