三千百二十七(うた)三度目の国立博物館
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
二月二十一日(土)
午後から国立博物館へ行った。本日は法隆寺宝物館を半日掛けて徹底的に見る、と目標を掲げたが、一時間半で見終へた。
法隆寺 献納前の言ひ伝へ資料があれば たくさんの仏像群に関連を生む
反歌
法隆寺宝物館に仏像がたくさんあるも貴族の私有
気付いた点は
- 一階の小型仏像群は、個々の展示の集合体なので、見る人は退屈を免れない。個々の仏像が、全体像または時間の経過傾向と、どこが相違するかを示すべきでは。それができれば既にしたではあらうが。
- 仏像群が不敬にならないやう、法隆寺または全日仏に、年数回の法要を費用寺院持ちでさせるべきだ。
- 阿弥陀仏が多い。その理由を解説してほしい。
- 阿弥陀三尊(勢至菩薩と観音菩薩)の像のほかに、これらに僧形二名が加はる像がある。僧形は、菩薩ではない。声聞を目指すのでは。
- 椅子に座る半跏像。曹洞宗の椅子坐禅はよくない。この仏像の形がよい。
「国宝伎楽面」は、前回見なかった。その理由は、仏法とは無縁と思った。しかし
伎楽は、飛鳥時代に大陸からもたらされ、奈良時代には各地の寺院で上演され(以下略)
とあり、仏法と関係があることが分かった。今回は、詳細に観た。その感想は、演芸を入口に寺への寄進の手段とした。それは呉女を口説く崑崙と、助けに現れる力士。力士は仁王のことだ。次に、太孤父と太孤寺のお寺参り。これは仏法に関係する。最後は、酒に酔った西アジア王の酔胡王と家来の酔胡従。この話は、仏法と関係するか不明だ。
見終はったあと、表慶館の前から平成館へ向かった。表慶館は手前に立ち入り禁止の柵、入口にSPと思はれる二名が立った。横の入口は柵が無いもののSP一名が立った。更に進むと、森鴎外執務室跡の説明板があった。
平成館に入り、自販機でアイスクリームを食べた。これは定例行事になった。そして、一番健康に良さうな小倉アイス200円にした。これは前回と同じだ。
そのあと本館を観た。一階を一通り観た。仏法関係が一番合ふ。昔の人々が現世と来世の降服を願ふ真心が濃縮されるからだ。国宝コーナーは、前回の仏像とは違ふものになった。
一階を見終はった後に、一旦館前に出ると、先ほどの表慶館から数人の男女が出てきて談笑しながら法隆寺館の方角へ向かった。皇族か韓国関係者か。
前回は閉まってゐた二階への階段を上がった。「日韓国交正常化60周年記念 韓国美術の玉手箱」が開催中だった。なるほど前回扉を閉じたのは、準備中だった。韓国国立中央博物館と共催で、双方の収蔵品を展示する。
第一会場は「高麗-美と信仰」。まづは「五百羅漢図」で、第二十三天聖尊者は日本の国立博物館収蔵、第九十三守大蔵尊者は韓国の国立中央博物館。どちらも高宗22年(1235)だ。
次に「大方広仏華厳経 巻第十二」。紺色の紙に銀泥の楷書が並ぶ。しかし本文より、変相図に描かれた、毘盧遮那仏と多数の眷属が目を惹く。こちらは金泥だ。眷属が多すぎて毘盧遮那仏三尊が目立たないくらい豪華だ。韓国国立中央博物館蔵。
次に観音菩薩遊戯座像。半跏と異なり、こちらは修行ではなく安楽を表すのだと思ふ。
第二会場は「朝鮮王朝の宮廷文化」。「華城園幸図屏風」は八枚の絵。隣にゐた二人組が韓国語で歓声を上げるくらい、見応へがある。次に、王妃、宮中の女性のそれぞれ礼服。官吏が執務に着用した服。紗帽は、髷がある後方が高く、前方は低い。後頭部は左右に広がる飾りを差し込む。あの形は不思議だったが、なるほどと納得した。以上はすべて韓国国立中央博物館蔵。
朝鮮国王国書及び別幅は、徳川吉宗に宛てた外交文書。朝鮮通信史が持参した。本文は挨拶で漢文。文書の前後に角印が押される。別幅は贈呈品目録で、人参伍拾觔、などと書かれ、角印は最後のみ。国立博物館蔵。
国立の博物館へ 一度目に来館のとき仏像のほかに刀や鎧など珍しくあり 二回目はアジア館にて仏像が 三回目には本館も仏像のみに興味集まる
反歌
日の本と唐土及び朝鮮は漢字と仏ふた重繋がり(終)
「原始仏法を尋ねる」(二百十五)
「原始仏法を尋ねる」(二百十七)
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