三千百二十八(うた)一般参賀
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
二月二十三日(月)
本日は、初めて一般参賀に行った。まづ朝起きて宮内庁のホームページを調べて、開門時刻と入場場所を調べた。朝食後、すぐ家を出発し、東京駅の丸の内中央口は閉まってゐるので、北口から外に出た。
途中、南側へ廻ったほうが空いてゐると案内があり、丸の内仲通りを馬場先門まで南下した。右翼団体の宣伝車と乗用車が交互に多数駐車してある。一般参賀終了後に、都内を走るのだらう。
昔には右左翼ともに愛着を持つが時経て 近年は左翼が消へて空き部屋に社会破壊の悪魔が入る

反歌  リベラルは社会を破壊冷戦後単純唯物悪魔の思想
日の丸の小旗を受け取り、荷物検査を終了し、先頭に番号が付きプラスチック製コーンと棒で区切られた一帯に並んだ。小生は4の帯状列だ。一時間強並ぶと九時半の開門となった。一から順番に進む。縦旗(通称、桃太郎)数本の団体は先頭だったのか。二重橋の奥を渡るやうに見えた。これは通路がすこし曲がるためで、暫くして二重橋を渡った。(2.24追記 翌日調べると、渡ったのは正門石橋で、入った後に右折を二回して再度渡った橋が二重橋だった。今まで何十年も石橋を二重橋だと思ってきた)
世間には手前を呼びて二重橋まことは奥に二重意味あり

   
皇居前広場                     石橋を渡る(スマホを頭上で撮るので、ピントが前の人に合ってしまった)     石橋を渡る(その二)
左に伏見櫓を観つつ中門を入ると、長和殿と広場がある。正面向かって右側の中程に立った。一時間強で天皇様皇后様が中央、皇嗣様皇嗣妃様が左側、愛子様佳子様悠仁様が右側に立たれ手を振られた。我々は小旗を振った。
かなり経ち、小旗を振るのは小生など少数で、多くは小旗を上に掲げるだけだと気付いた。どちらがよいかは、人それぞれだ。暫くして案内放送があり、天皇様がお言葉を話された。
誕生日にこのように来ていただき、皆さんから祝っていただくことを誠にありがたく思います。この冬も、多くの地域で大雪や厳しい寒さに見舞われました。雪の事故などで被害にあわれた方々に心からのお見舞いをお伝えいたします。日ごとに春に向かっているのを感じています。皆さん一人ひとりにとって、穏やかな春となるよう、願っております。皆さんの健康と幸せを祈ります。

「お伝えいたします」が耳に残った。普通には「申し上げます」だ。平家物語の後白河法皇の発言なら「おっしゃります」だ。天皇や上皇の発言は公なので、本人も敬語を使ふ。これは今の時代に合はないし、天皇様は被害者の方々に対し「致します」と敬語を使はれた。これが一番良い、と感心した。
そんなことを考へるうちに、あっと云ふ間にお言葉は終へられた。再び小旗を振った。暫くして、御退出になった。
生涯に一度は行かう皇居内 一般参賀二重橋渡り中門過ぎるとき視野が広がり長和殿 あと一時間お出ましを待つ

反歌  国民をまとめる力千早振る神も及ばず人の内故
惜しみながら広場も退場する時が来た。坂下門と桔梗門があるので、往路とやや異なる方角へ出る桔梗門を選んだ。途中に、富士見櫓、旧枢密院(現、皇宮警察本部庁舎)を横に見た。

  
二重橋から石橋を観る                伏見櫓                       富士見櫓(終)

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