三千九十(朗詠のうた)最新の歌論(ひとひねり、枕詞と和語のみ、現代文語)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
一月二十日(火)
推敲の一種に「ひとひねり」がある。どちらも、美しくすることに変はりがない。しかし、一般の推敲が分かりやすくなるのに対し、ひとひねりは分かりにくくなる。
報道を読んで(冬のアイス、小型スーパー、まいばすけっと)は、ひとひねりが多かった。まづ「真冬にも冷たきを食べ歩き見る景色に映る味と幸せ」。「歩き見る」は軽いひねり。普通の推敲と云ってもよい。しかし「景色に映る味と幸せ」は、明らかなひねり。
次は長歌で「菊名から浦和へ移りやとせ経る 大きな店に久しぶり入り驚く忘れが故に」。「驚く忘れが故に」がひねり。
反歌で「焼おにぎり買ひて助ける赤減らし焼石に水黒く輝く」。「焼おにぎり」と「焼石」、「赤減らし」と「黒く輝く」がそれぞれひねり。
おそらく、長く歌に携はった人は、自身がひねるし、選歌対象にもひねりを求めると思ふ。これは、作品の美しさではなく、作歌過程、作歌技術を求めるものだ。
しかしこれは、よくない傾向だ。歌は、美しいものがよい。
ひとひねり繰り返すとき堕ちるありたまに使はずこれもまた佳し
一月二十二日(木)
「枕詞」「縁語」はひとひねり、「和語のみ」「序詞」はふたひねりの、努力を必要とする。とは云へ、それだけの効果がある。今の人たちは、枕詞と、和語のみを、軽視する。しかしこれらを使ひ始めると、それ以外の歌にも効果が現れるから不思議だ。
昔から枕詞とやまとのみ歌と詠み人共に助ける
一月二十六日(月)
前に口語と思はれない口語、文語と思はれない文語について書いた。別の言ひ方をすると、現代の文語である。
口語は残らないから、明治以降しかない。文語は、万葉仮名の時代から戦前まで続く。明治維新後の文語は造語力を喪失したが、使用は続いた。但しこれは擬古体で、江戸時代のものを踏襲した。
「口語と思はれない口語、文語と思はれない文語」は、現代文語で、文法も口語と同じだ。しかし文語のうち、現代から見て美意識の異ならないものは、使用してよい。
具体的には、次のもの以外は文語の文法を使用してよい。完了や推定の助動詞、上二段下二段活用。
なを、江戸時代までの文法を使ふことも、佳いことである。今回、現代文語を提案したが、提案しただけである。江戸時代までの文法で歌を詠む人たちには、心から敬意を持つ。
動かすを助けることば しにつきて昔を指すの旨故に 今の歌にも輝き消えず
反歌
徳川の世に詠はれしあいうえを今使ふ歌末も尊し(終)
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