三百二、顕正会入会記(その六、冬眠会員へ)

平成二十四年
十月十七日(水)「入会時に考へたこと」
顕正会に入会したときに心に誓つたことがある。六千万人の一人になると。もう一つ顕正会に入会するときに考へたことがある。世界では地球温暖化、アメリカによる世界各地の文化破壊、日本では中の下以下を切り捨てるシロアリ悪魔による政治。すべきことはたくさんある。新会員が何人か入り将来数十名まで伸びるところまで育成した時点で冬眠会員化する可能性が8割と考へた。その時は3ヶ月先を予想した。
私は小出助教の講演会の帰りに受け取つた顕正新聞で入会したので、同じように一般に働き掛ける布教方法を予定した。ところが折伏は縁故に行へといふ。縁故への折伏は入会して半年は経過しないと効果がない。また一族内、職場内、その他の人間関係は一人ひとり異なるから、縁故に布教したほうがよい時機は異なる。
顕正会は昭和三十年代の創価学会を模範としたから会費を徴収しない。年に一回信心が厚く経済に余裕のある会員から1万円から8万円を集めるだけである。これはよいことである。だから普通の団体では会費を払はず退会扱ひになる会員が、顕正会は冬眠会員として残る。

十月十八日(木)「冬眠会員化」
私は一昨日に冬眠会員化を決意した。退会ではないから一般人を相手に布教するようになつたら復帰したい。入会して1ヵ月半だが九月十五日に風邪をひき今でも中耳炎が治らず治療中である。実に入会期間の2/3は風邪をひいてゐた。
風邪をひいたきつかけは京都の労組大会である。外は暑いのに新幹線の車内が異常に寒いので翌日から風邪をひいた。風邪が長引いた原因は顕正会である。風邪をひいたから十七日は行けないと連絡したのに、支区長、総班長、班長が家の近くまで来るから喫茶店かどこかで会ふといふ。それでは交通費と時間が掛かるし悪いからと池袋で会ふことにした。東武百貨店の近くの喫茶店である。
結果として風邪が1ヵ月半長引いた。普通の人だつたらこれだけでその強引さに不信感をもつ。私は熱心だといふことでそのときはよい方向に理解した。

十月十九日(金)「折伏第一の組織」
顕正会の場合、会員の多くが冬眠化してしまふ。それは組織が折伏で動いてゐるからだ。幹部は既に自分の全縁故に折伏を試み入会した人と無理な人に分かれる。どちらもこれ以上の布教は無理である。だから新入会員があるとその縁故を折伏目標に考へる。悪く言へばネズミ講方式である。本物のネズミ講は不当利益を目的に金銭が拡大し、最初の一部の人達だけが大儲けをして残りは大損をする。顕正会は金銭は動かないから悪質なところはまつたくない。しかしこの方法は1割の人には合つても九割の人には合はない。だから会員が冬眠化する。
私の場合、九月一日に入会し九日(日)は朝5時に家を出て本部の早朝勤行、大宮公園の集会、駅前の集会所、本部と午前中一杯連続したが、その後に支区部長から言はれた折伏の方法について大きく違和感を感じた。あれで入会の熱気が八割冷め、残りの二割で何とか今月十五日まで続けた。

十月二十日(土)「冬眠化のきつかけ」
十五日までは今後も活動を続けるつもりだつた。本部はお会式のための桜をかざつたので十三日朝までにぜひ勤行に参加してほしいと言はれ、このときは用事があり行けなかつた。
職場の近くに北山本門寺系の布教所がある。私は年に二回くらい参詣するが、顕正会に入つたのでこちらは停止しようと考へた。ところが住職から電話があり用事があるのでお会式に来てほしいといふ。なるほど顕正会とは関係なく私が行かなくてはいけない用事があつた。だから休暇を取つて十六日に参詣した。

顕正会に入会しながら北山本門寺系に参拝してよいのかと思ふ人もゐよう。日興が身延を離山の後はまづ大石寺を建立した。まもなくそこから一里離れた北山に本門寺を建立した。その後、大石寺に日道と日郷の争ひがあり両寺は疎遠になつた。明治年間に両寺が一致する機会はあつた。明治政府の宗教政策で両寺を含む八本山は日蓮宗興門派、後の本門宗を作り管長は八本山の輪番だつた。明治政府の命令で管長は各本山で法話を行ふことになつた。大石寺は本家意識が強いから他本山の貫首が大石寺で法話をすることに反対して本門宗から離脱した。本門宗は大石寺にあつた総本山を北山本門寺に変更した。
これらは明治維新後に妻帯坊主どもが行つたことで、これで大石寺は他本山と敵対関係になつた。だから信徒が北山本門寺系に参拝することを非難する人がゐるとすれば、信徒にではなく明治の妻帯坊主どもを非難すべきだ。

十月二十一日(日)「入会の理由」
顕正会に入会したのは次の理由による。
  1. 菅直人や野田といふ腹黒い連中が出現したのは、現憲法の欠陥である。第9条を守ることは当然だが、それ以外は改善する必要がある。具体的にはニセ経営者団体、ニセ労組、宗教団体による選挙干渉を禁止し、国民は私益ではなく国の行く末を考へ投票すべきだ。顕正会が国立戒壇を目指せばその前に改憲が必要である。国民本位の団体が主導を取り改憲すべきだ。
  2. 普通に考へれば六千万人は無理である。しかし絶対無理なはずの明治維新も先人たちは達成した。熱心な会員がこれだけゐれば六千万人は無理な話ではない。入会の前なので具体案はないが出来ると直感した。入会後とりあへず「その二、六千万人への道」「その五、新六千万人への道」を私案としてまとめてみた。私一人が一ヶ月半でこれだけ立案できるのだから、顕正会全体で智慧を出し合へばできない筈はない。
  3. ホームページで宮沢賢治特集の最中なので、国立戒壇を目指す顕正会に入つて見ようと思つた。
本日新たな変化があつた。男子部に移管になつた。今後のことはまたいつか特集を組みたい。一念三千といふ法門がある。「摩訶止観第五に云く。夫れ一心に十法界を具す。一法界に又十法界を具すれば百法界なり。一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す。此の三千、一念の心に在り」(観心本尊抄)。
大石寺の僧侶も一念三千である。もし大石寺貫首のいふことが常に正しいなら一念百五十くらいになつてしまふ。これでは人格欠損である。大石寺に蓄積した垢を落とせば、六千万人は不可能な数字ではない。

十月二十二日(月)「顕正会入会とトマト」
今回の入会ではトマトを思ひ出す。まづ小出裕章氏の講演会は午後1時半からなので、午前中は近くの芭蕉記念館に行つた。出た後にスーパーマーケツトで昼食を買つた。野菜が少ないので生のトマトも買つた。これは夏に岩手県を訪問したときに見つけた方法で旅行先だけに適用しようと思つたが、たまたまスーパーの栄養バランスの関係で、東京でも適用してみた。江東公会堂の近くの公園の水呑場でトマトを洗ひ丸かじりしながら昼食を取つた。
だから江東公会堂は真横から駐車場通路を横切つて正面に出た。そのため開会前の顕正新聞配布には会はなかつた。講演会終了後に顕正新聞を受け取つた縁で昨日まで文京区の支区に所属した。私も文京区の出身なので懐かしかつた。妙信講本部のあつた音羽2丁目の都電停留所で降りたことが昭和四十年代に何十回もあつた。さう言へば大宮の正信会のお寺の講頭さんは公明党の元文京区議だつた。いい人だつた。
入会の後、15日に風邪をひいた。会社で昼食を取るときはいつもご飯だけ持つておかずはスーパーで買ふ。予算は200円で繊維素とたんぱく質を考慮する。風邪をひいたからビタミンCも摂取しなくといふことで1個99円のトマトを買い自分の席で丸かじりしてみた。トマトはビタミンCと繊維素の両方を含む。あと100円でたんぱく質のものを買へばよい。茶寮(顕正会本部の食堂)顔負けの栄養管理である。会社の昼食にトマトを買ふのは今回が初めてだつた。風邪がなかなか治らないのでトマトは十回くらい買つた。だから顕正会入会とトマトは密接な関係にある。(完)


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