二百九十三、夏休みはX縣に行かう(その二、大學X訪問)

平成二十四年
八月八日(水)「水沢」
今回の旅行目的は大学X訪問である。私の子供の希望学科が大学Xにある。オープンキャンパスに妻と子供が行くことになつた。ところが用事があり出発が明日に延びた。オープンキャンパスに間に合はない。急遽私が行くことになつた。出発間際だから一拍目が見つからない。やつと探し当てたホテルが水沢市内だつた。
このホテルは和室で各部屋には浴槽と便所がない。その代はりに大浴場と共同便所がある。そんなことは昭和六十年代までは当り前だつた。かういふホテルは昭和四〇年代、五十年代の香りがしてどことなく好きである。日本はプラザ合意以降の円高で変になつた。
早朝に水沢市内を散歩した。武家屋敷、日高神社、高野長英旧宅を見た。正法寺が水沢に在ると初めて知つた。曹洞宗の永平寺、総持寺に次ぐ寺院である。しかしバス路線がない。タクシーで行けばよいが僧侶妻帯後の寺院にそこまで費用を掛けて行かうとは思はない。またの機会に行くことにした。或いは機会は一生ないかも知れない。
大町郵便局からメイプルに向ふアーケードで、女子中学生二人が自転車で近付いた。先頭の自転車が後の自転車に「猫がゐるから気を付けて」と叫んだ。「怪我をしてゐる」とも言つた。見ると元気な顔をしてゐるが後ろ足から血が出てゐた。市役所が怪我をした動物を獣医に手当てしてもらひ、費用は自動車税から支給すべきだ。道路は人間だけのものではない。動物にも通行の権利がある。自動車は環境破壊への費用を負担してゐない。本来の負担をすれば高額になる。ここ二十年でバス路線が多く廃止された。今こそ発想を転換すべきだ。

八月九日(木)「花巻」
花巻で釜石線に乗り換へようと下車した。花巻は二五年前に一回訪れたので今回は寄らない予定だつた。ところが市内を巡るうちに時間が掛かり結局一日花巻にゐた。まづ作家X広場に行つた。生家を見た後で道路標識に作家X記念館と矢印があるのでその方向に歩いた。
道路標識は車用だから炎天下を一時間以上歩いた。イーハトーブ館と作家X記念館を見学した。イーハトーブ館では二階の図書室にも寄つた。童話村は入口だけ寄つた。駐車場の車のナンバーは、八割が岩手、残りは秋田、宮城。首都圏は5%で予想外に少なかつた。新花巻駅前の農協でおみやげを買つた。できるだけ農業関係者にお金を回さうといふ意思の表れでもある。
鉄道で花巻駅に戻り作家Xの産湯の井戸を見学した。作家Xの母方の実家も作家X姓で、作家Xは里帰りしたこの家で生まれた。8月27日まで宮澤商店のご好意で特別に公開してくれてゐる。宮澤商店に勤務する方が丁寧に説明してくれた。身照寺とぎんどろ公園を見て盛岡に向つた。そして岩手城跡を見た後に二泊目を迎へた。

八月十日(金)「大学X」
構内には寮の跡、農業教育資料館など作家Xに関係するものが多数ある。ポランの広場、ぽらんホールといふ作家Xの童話から名付けた施設もある。資料館には作家X自筆の得業論文などもあるが、あいにく耐震工事で休館だつた。
四つの学部のうち人文社会科学部、工学部、農学部を見学した。教育学部を見なかつたのは公開時間が短く行つたら既に閉まつてゐた。人文科学部国際文化過程では「文化システムコース卒論テーマ一覧」といふA4の紙をもらつた。「ウェブ社会におけるSNSの役割とは」「ミサ曲の変遷」「『かわいい』についての日中の使い方の違い」など72の論文の題名が書かれてゐる。このうち「盛岡の魅力--都市の魅力論の試み」「岩手県一関地方における餅食文化の変容と行方」「盛岡の大通商店街--現状・課題・展望」「岩手県花巻市におけるグリーン・ツーリズムの実態と課題」「岩手県宮古市津軽石の鮭に関する文化」と地元を扱つたものが五つあつた。作家Xを扱つたものも「『銀河鉄道の夜』の『父』と子」「ロシアから見た作家X童話の動物(留学生)」「狐の文学-作家Xの狐作品から見る文学の特徴」と三つあつた。
農学部では、木材についての研究のところにゐた教授に「材木を運び出した分の肥料を施さないで窒素やリンが不足しないですか」と質問して有意義なお話を伺つた。別の教授からは就職先について、製造業は給料が高くJAは安いといふお話を伺つた。戦後の日本の問題点がここに凝縮されてゐる。輸出は外貨が不足してゐた時代には重要だつた。外貨が余つても輸出を優先し、つまりは円高になり農業を軽視する。

八月十一日(土)「作家Xと信仰」
作家Xが国柱会(分裂前)の信者だつたことを理由に、国家主義だと考へる人がゐるとすればそれは間違ひである。田中智學の主張は二つある。一つ目は僧Xの教義を詳細に解説したことであり、二つ目は天皇中心思想である。この二つが融合せず併存するところに特徴がある。二つ目の主張の原因は、智學は反応が大きいといふ特徴を持つ。薩長幕府は西洋の猿真似で天皇をXX教の天主にしようとした。智學がそれに大きく反応した。例へばバスが急ブレーキを掛けた。乗客は前のめりになるが前のめりの力は体が受けた力よりは、はるかに少ない。足で踏ん張り力の大部分を吸収するからだ。ところが智學は受けた力だけ反応する。だから当時の世相において天皇中心を主張したし、僧侶妻帯の仏教界にあつては在家の儀式、装束を発明した。

西洋が日本、清国、タイを除いてアジアを植民地にした。日本が危機感を持ち鎌倉時代の元寇と重ね合せたことは理解できる。僧Xは明治以降先の敗戦までの流行であつた。作家Xは文学者であり、農業専門家であり、農民支援者である。そこを間違へてはいけない。
作家Xの作品に信仰の影響は二つしかない。一つ目は仏教として動物を人間と同等に扱ふ。二つ目は僧X教義の影響で世の中全体をよくしないと一人ひとりはよくならないと考へる。
まづ一番目だが、仏教では人間が死ねば次は動物に生まれ変はるかも知れないと説く。だから動物を殺してはいけない。亡くなつた祖父母の生まれ変はりかも知れない。作家Xの作品には動物への愛情が満ち溢れてゐる。
二番目は、作家Xの作品には本当の悪人はゐない。そして作品より作家Xの行動そのものに二番目が現れてゐる。羅須地人協会はその代表例である。

八月十二日(日)「盛岡」
オープンキャンパスは最後までゐた。我ながら熱心である。その後、盛岡の街を歩いた。まづもりおか歴史文化館に行つた。消費税増税反対農業馬デモ(本当はチャグチャグ馬コ)と消費税増税反対農民一揆(これも本当はさんさ踊り)の展示を見た。
次にもりおか啄木・作家X青春館に行つた。ここは旧第九十銀行本店である。レンガ造りの建物を有効活用してゐた。啄木と作家Xの常設展も見応へがあつた。二階では特別展「どんぐりと山猫から始まった―『田中文子の世界50年展』~企画・編集・デザイン・イラストレーションまで」を見た。今はコンピユータでデザインを作れるが当時は手で絵本を作つた。その苦労が偲ばれた。
このあと作家Xの「ちゃんがちゃがうまこ」の歌碑と作家Xの井戸を見学し三日目を終へた。

八月十三日(月)「関東へ」
四日目は早朝に石川啄木新婚住居と材木町商店街(イーハトーブアベニュー)を見た。早朝なのでどちらもまだ閉じてゐたが、観光客への配慮がどちらも優れてゐる。特に商店街は作家Xに関係のある店の説明、道路に設置された星座。どちらも見応へがある。夏休みは岩手県に行かう。岩手県を訪問し宿泊したりお土産を買ふだけでも国民の生活が第一と震災復興の支援となる。
朝食を買ひホテルで食べた後に、青春18切符で関東へ戻つた。各駅停車なので一ノ関、小牛田、仙台、福島、郡山、黒磯、宇都宮で乗り換へた。だから3日間くらいすごく疲れた。
今回の旅行で新しい食事法を見つけた。これまではコンビニで買つてゐた。しかしスーパーで買ふと安い。この方法は水沢に宿泊したときに「メイプル」といふスーパーで見つけた。盛岡での一日目はスーパーが見つからずコンビニと隣の八百屋で買ひ物をした。二日目は見つけたスーパーで買つた。
庶民はかのように生活が大変である。消費税は絶対に上げてはいけない。消費税反対農業馬デモと消費税反対農民一揆で対抗しよう。丁度盆踊りの季節である。

八月十四日(火)「松尾芭蕉」
一昨日江東区立芭蕉記念館に行つた。二十年くらい前に一回来たことがある。
月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり
で始まるおくの細道は岩手県平泉に至る。
国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠うち敷きて時のうつるまで泪を落し侍りぬ。夏草や兵どもが夢の跡
は最も有名な一節であらう。当時の旅行は徒歩だから、江戸から奥州、出羽を巡るには平泉が限度だつた。今は鉄道や自動車があるから水沢、花巻、盛岡に足を伸ばせる。(完)


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