二千五百七十五(朗詠のうた)若山牧水全集(増進会出版社)第一巻から第三巻
甲辰(西洋発狂人歴2024)年
十二月四日(水)
最初、牧水の歌集を読み、「牧水の佳作の比率は、子規や左千夫と同程度だ」と評した。半月前に「みなかみ紀行」を読み、「牧水の勝れた歌は、子規や左千夫より遥かによい。しかも佳作としなかった歌も、歌の中に美しさがある」と評した。
更に谷邦夫「評伝若山牧水」を読み、牧水の勝れるのは、旅の歌と、若い時の恋愛だ、と思った。この本では「死か芸術か」「みなかみ」以降悪くなるが、或いは選歌が悪いのかとも思ふ。
と云ふことで、今回、若山牧水全集(増進会出版社)を第一巻が第三巻まで借りた。読み始める前の、左千夫一門、牧水一門に感じることは、小生が一番合ふのは牧水一門だ。
左千夫は、なぜ子規に傾倒するのか分からない。子規の、古今批判はよいことだ。万葉尊重もよいことだ。しかし写生論は窮屈だ。小生は、子規の写生とは心の写生だと擁護したこともあった。しかし今では、窮屈としか感じない。
そんな状態で若山牧水全集を見たところ、「みなかみ」以降を読みたかったのだが、第三巻は「死か芸術か」だった。「みなかみ」以降は次回に回し、それ以前の各歌集を見ると佳いと感じる歌は少ない。牧水の勝れた歌の比率は、子規や左千夫と同じだった。
そのやうな中で、第三巻に載る牧水歌話の書籍に注目した。感想断片の章。「アラゝギ」に牧水の歌への批評が載ったことへの、牧水の感想である。
風凪ぎぬ松と落葉の木(こ)の叢(むら)のなかなるわが家いざ君よ寝む
〇純(以下略)
〇柿人曰ふ。「松と落葉の木の叢のなかなるわが家」は外から我家を見た所でなくてはならぬ。所が第五句に突然「いざ君よ寝む」となると何だか家の内の事に思はれる。(中略)或は二三四句は矢張家の中に居て(中略)夫れでは「松と落葉の木の叢の中なる」といふ詞は説明的になつてしまふ。(以下略)
〇左千夫評。 萬葉集東歌に、いざせを床にと云ふ歌がある、いざ君よ寝むなどいふ情緒は、遠く萬葉時代の詩人に歌はれて居る、新派を名乗る多くの人達の歌を皆古い様に云うてる此作者にもかういふ古い歌がある、之れを敢て悪いと云ふのではない、例に依て詩趣を補ふる為の、言語配布が余りに散漫では無いか、落葉の木の叢のなかなる、何といふ弛緩した散漫な詞だらう。(中略)前に云つた東歌の内容は、こんなに桶に一ぱいになるまで芋をうまなくても(中略)さあ寝るとしようと云ふのである、これならばいざせ小床にといふ情緒が全篇にきいているではないか、(中略)思ひつきは新しくとも、活きた情緒の動きが三十一文字の全語に行渡つて居ねば生命のある歌ではない。

二人の批評に100%賛成である。ところがこの歌を「別離」上巻の最終に見つけた時、この歌はこれで佳いと思へてきた。つまり歌集はここの七首が、物語になってゐる。物語では、定型にすることが美しい。一つ欠点は、松と木が重複。
もう一つ、読んで美しい歌が、やはり佳い。左千夫は歌論で作ってゐたのか、それでは小生と感覚が違ふ、と感じた。この歌は連作で読むべきなのに、左千夫は単作で読んだ。連作は子規や左千夫が主張したことなので、やや矛盾だ。
牧水が、新派を古いと云ったことは意外だ。おそらく、子規一門を古いと云ったのだらう。今回は、本歌取り長歌と反歌を、始めて試した。
風凪ぐと松と落ち葉は耳に無く 家冷えするを気にしだすその前にいざ 今日も寝らむ

反歌  風凪ぐも山の息吹は伝はりて家が冷え出す早く寝らむ

十二月五日(木)
もう一つの歌についても
男あり渚に船をつくろへり背(せな)にせまりて海のかがやく
〇千樫曰。牧水君の歌は総じて想も趣味の持ち方も吾々と共通して居る所が多い様に思ふ。(中略)けれどもこれだけでは物足らない。(中略)此歌は船をつくろつて居るといふ事件を描くのが主眼ではなからう、都会を逃れてきた作者(中略)余りに説明的ではあるまいか。(中略)『別離』を読んで私は連作的の歌即ち同じやうな気分で幾首もつづけて(中略)勿論吾等の連作の歌とは異なつて居るけれども、(中略)牧水君の歌は余りに作り放し(中略)散文的なものが多いと思はれる(以下略)
〇柿人曰ふ。主景たるべきのは第一二三句である。第四五句は副景である。(中略)景物の捉へ方が表面的で少しも情趣を伴つて居らぬ(中略)是では只事歌といはれても弁解はあるまい。夫れから第一句で切り第三句で切つてあるが其様に重い句法を用ゐるなら第四五句を今もつと調子を強く響かせねば尻こけになつてしまふ。
〇左千夫評。これでは散文(中略)男といふのは若いのか老いてゐるのか、どんな風をしてるのか(中略)芸術的に考へて見よ(中略)読者の頭にどんな印象を与へ得るか(以下略)

この歌も、三人の批評に100%賛成。しかし「別離」を見れば、十三首連続した歌だ。つまりこれも連作として読めば、読める。
別離なる物語にて旅に出る 十と三つの歌があり最後を飾る心と景色

反歌  牧水はかなしみの歌旅の歌二つを稼ぎ妻子養ふ
反歌  牧水は幾山河と白鳥の二つを残し此の世旅立つ(終)

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