二千五百六十三(うた)経典学習会(耳詰まりでよく聴けなかった)
甲辰(西洋発狂人歴2024)年
十一月二十四日(日)
本日は、中板橋で経典学習会が開かれた。本日の講師はトゥミンガラ比丘である。
学習会トゥミンガラ比丘講師にて 古いお経のダンマパダ因縁物の更にまた解説物を説明された
反歌
ダンマパダ本文のみを大乗と比べ劣ると勘違ひかな
漢訳でも南伝と類似する内容が、全部では無いが存在する。しかし因縁物語や、今回のやうに更にその解説文書を参照しないと、単なる道徳か、で済まされてしまふ。あげくは小乗と勝手に呼んだ。
ダンマパダ252は
他人の過ちは見えやすく、自分の過ちは見えにくい。他人の罪は、籾殻を風で拭き散らし[実と殻とに分ける]ように、明らかにさらす。しかし、自分の罪は、悪賢い賭博者が自分の不利なサイコロをごまかすように隠す。
次の253は
他人の過ちを探し見つけ、いつも非難かる者は、自分の煩悩だけが増大する。そして、[一切の煩悩を滅尽する]漏尽の境地からますます離れて行く。
一昨日の夜に、頭を洗ったあと右耳が閉塞した。耳垢が水蒸気で膨張したのだらう。土曜は仕事があり、耳鼻科へ行けない。明日通院の予定なので、本日は右耳が聞こえにくかった。最初は全然聞こえず、途中から右を向くと左耳から聞こえることが分かった。そのためメモ書きは、僅かだった。
メディカシティはペディカブッダに供養したので、大金持ちメンデカに生まれた。
六百八十万人。しゃもじでお釜からご飯取っても減らない。
妻、息子、義理の息子、奴隷と、また生まれ変はっても会へるやうに。
質問の時間に、小生はダンマパダとスッタニパータは古い経典だがなぜ一つのお経にならなかったかを質問した。結集のときに、幾つかのグループに分かれたためと解説があった。
生への執着と話されたことについて「自殺願望もさうですね」との質問が出た。なるほどと思った。
釈尊在世時は、話を聴いただけで預流果などなるが、今は、との質問に、トゥミンガラ比丘の回答だったかあやふやだが、次の仏陀が現れるまで波羅蜜を積むしかない、と云ふ話が出た。
終了後に、一階でお茶を飲みながら歓談した。スリランカのナウヤナ僧院(パオ森林僧院の支院)で在家として修行された方の話は、興味深かった。
山の下と中腹と上のほうと三ヶ所あり、上に行くと葉や虫やみみずが、みんな大きくなる。
タイは網戸があるが、スリランカは無いので、蚊に刺されたり、毒蟻に刺されて痛かったり、大変だった。外での瞑想を中断しクティで行ふ人も多い。
別の方で学習会の世話人が、バリッタを唱へると効果がある、と話された。
午後の紅茶の時間は、在家は無いが、持ち込み禁止だがコーヒーなど持ってくる人もゐる。スリランカは規則があっても、守る守らないは個人で決めるみたいだ。
五十歳を過ぎると階段を上がるなど息をきらしてしまふ。
ミャンマーは油が多すぎてお腹を壊す人が出るが、スリランカはそれほどではなくても採食に油が多い。ベジタリアンは健康の意味ではない。
ウポサタの時は、お布施が多く、トラックで運ぶ人もゐた。在家にもおすそ分けで、ポテトチップが鉢にいっぱいになった。
スリランカ人の読経はきれいだ。
以上貴重な歓談だったが、時間の都合があり、途中で退席した。
学習会そのほとんどがパオ瞑想参加者にして 例外はオバササヤドーもう一人トゥミンガラ比丘 在家では我がほか一人ゐるかゐないか
反歌
瞑想は戒定慧のうち一部にて仏法全体異なるは無し
パオ瞑想も、その他の瞑想愛好者も、小生みたいに瞑想はするものの息瞑想のみの人も、全部が仏法在家で仲間だ。前に、ワットパクナム及びタンマガイに傾倒する方が参加された。小生はパクナムとタンマガイは別だと思ってゐたが、その方は同じだと云はれるので、なるほどと思った。(終)
(追記11.25)耳鼻咽喉科へ行き、耳垢を除去してもらった。こびりついたため、痛かった。ただれたため薬を点耳し、一週間後に再診。聴力が落ちたさうでただれたのが原因らしい。今回は、或る程度重症だった。
(追記12.2)聴力は回復せず、突発性難聴と診断され、飲み薬を処方された。今回は、更に重症だった。(その後)
「良寛和尚と漢詩和歌、初期仏法を尋ねる」(百二十二)
「良寛和尚と漢詩和歌、初期仏法を尋ねる」(百二十四)
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