二千四百十六(うた)行動日記(体が重く、イイダ取引再開、天井裏、日傘、どぶ川の似合ふ街)
甲辰(西洋発狂人歴2024)年
七月十六日(火)
暑い日が続いた後、涼しい日が続く為、家に帰ったあと体が重くなり、10分ほど横になった。起きたら最後、寝るまで横になることは何十年も無かった。ところが昨年の夏だったか冬だったか、少し横になることが合計5回くらいあった。そして本日もだった。
猛暑日の後に和らぐ日が続く 真冬日の後も和らぐ日が続く 体が重くなることがたびたび有るは歳取るせいか

反歌  仕事後に帰宅昼食その後に疲れが出るは良き疲れかも
昨日は、楽天カードにお金を入れた後、イイダで夏用の靴を買った。今までの靴は大きすぎる為に履き辛かったが、捨ててもよいくらいがんばって履いた。本日は帰宅時にイイダで、昼食用のおかずを買った。同じものを食べ続けたので、違ふものも食べるやうにした。
一階に無人レヂが出来たので早速使ったが、三回戸惑った。
安売りのスーパー取引禁止にて再開するとレヂ改良 イイダも取引禁止にて再開すると既に改良

反歌  買ふ店を一つにすると食べ物が偏るために二つに戻す

七月十七日(水)
本日は、押し入れの天井の上に防水シートを置いた。天井に上った訳ではなく、頭を出しただけだが、天井裏を見るのは久しぶりだ。
天井は防音シートが上にある 押入れの上は無い故に防水シートを敷き代用に

反歌  天井の上を明るく照らす綱懐中電灯ばつと三角
懐中電灯が、一つは電池切れ。一つはやや暗いが使へた。災害に備へて、電池を買ひに行かう。

七月十八日(木)
本日は帰る時に、初めて日傘を使った。と云っても職場にたまたま置いてあった小生の雨傘だが。傘を差すと、地面からの熱を感じる。傘を差さないと陽の熱射を感じるから、地面からの熱を感じないだけだった。傘を差すとかなり効果があることが分かった。
日傘とは日焼けを防ぐためだけと思ひ今まで差すを気付かず


--------------------ここから(路面電車、客車、その周辺、三十二)--------------------
七月二十二日(火)
小学生の頃、母に連れられて渋谷の薬屋に父の薬を買ひに行った。最初は都電を須田町で渋谷行きに乗り替へた。或る時、渋谷から乗って居眠りが出て、目が覚めたら線路が一組しかない。往きと還りと二組ある筈なのにどうしたのだらうと思ふうちに、二組に戻った。渋谷駅周辺は循環のため単線になることを知ったのは、ずいぶん後のことだった。もう一つの記憶は、渋谷駅で降りた後、少し歩く距離があり、切符入れの金属箱がホームの手すり(車道側)に付けてあり、東京都の記号と二重丸の間を縦線がたくさん繋がる記号が並べて書いてあり、二重丸は都電の記号なのかと思った。
後に、上野広小路から地下鉄銀座線に乗り替へるやうになった。地下鉄は新橋を廻るから遠回りだし、運賃も高い。都電が渋滞に巻き込まれるやうになったのだらう。
兼、(路面電車、客車、その周辺、三十一)へ (路面電車、客車、その周辺、三十三)へ
--------------------ここまで(路面電車、客車、その周辺、三十二)--------------------
渋谷では、小さな川の向かう側に家が並び、それぞれの家が橋を架けた。おそらく各家の向かうは高架の鉄道だと思ふが、記憶が曖昧だ。
暫く歩いた先の一軒は、薬屋だった。薬の名で検索しても出てこない。薬屋で「まづ健康」と云ふ小雑誌を貰ったので、それで検索すると一件見つかった。ある雑誌への投稿で
妻は娘を出産後、身体がよわかったので、近所の人から、渋谷の河野漢方医薬品販売所へ行くことをすすめられ、(中略)次第に元気になってきました。(中略)その玄関に、主婦連合会副会長・春野鶴子主宰の「まづ健康」という雑誌が置いてあり、御自由にお持ち下さいとのことで毎月持 って帰りました。

なるほど薬店の名が分かった。長年の謎だった。今は検索しても出てこない。無理もない。六十年前である。
渋谷からどぶ川に沿ひ橋と家一組づつが並ぶ中 薬屋があり母と買ひ物

反歌  とぶ川がよく似合ふ街渋谷にははろゐんなぞはあまりに会はぬ
反歌  渋谷にはプラネタリウムかつてあり似合ひ光るもひかりえ光らず(終)

行動日記(百六)へ 行動日記(百八)へ

メニューへ戻る うた(九百五十五)へ うた(九百五十七)へ