二千百二十(うた)行動日記(二台の加湿器、朝霞から和光へ、西日暮里と日暮里、小泉孝太郎の談合坂SAから浅間温泉)
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
十月八日(日)
最近鼻づまり気味になった。これは湿度の低下が原因だ。そこで昨夜から超音波式加湿器の使用を開始したところ、今朝は快適だ。日中は加熱式加湿器を、断続的に使ひ始めた。
断続的と云ふのは、加熱式加湿器の消費電力は210wだ。エアコンは600w程度だが、サーモスタットによって断続する。仮に1/3の時間を運転するなら、加湿器と同じになる。電気料金は気にしないが、これは加熱式加湿器が多すぎる。エアコンは、温度を上げる代はりに湿度が下がるから同等だと指摘があれば、そのとほりだ。
とは云へ、加湿器を付けたり切ったりしながら使ふことにした。日中に超音波式を使はないのは二台あるためだが、超音波式は室温を少し下げるから、暖房無しで加熱式を使ふ。もし暖房を入れるなら、超音波式を使ふ。エネルギーの有効利用である。
二台ある理由は、夜間に温度を下げないため加熱式を購入した。ところが蒸気は上に行くので、寝る時は顔に来ない。我が家は木造だから、部屋全体の湿度を上げるのは適切ではない。しかも蒸気を発生する時に音がするし、電気代も高いし、加湿量の調整ができない。云はば、夜間の使用に適さない加熱式の有効利用である。

十月十一日(水)
本日は、朝霞からの帰りに和光まで歩いた。朝霞から朝霞台まで東武線に乗り、武蔵野線で帰るのが早いし安い。早いうまい安いのうち二拍子である。しかし和光市駅まで歩き、地下鉄で赤羽岩淵、赤羽まで歩き、京浜東北線で帰宅した。
前者は三百三十五円で、家到着が十二時二十分。後者は四百七十一円で、家着が十三時四十分。赤羽から定期券があるので、金額はほぼ同じで、時間のみが掛かった。うまい安いと二拍子か。うまいは、普段乗らない経路に乗った。あと赤羽岩淵から赤羽まで、飲食街を歩いた。あの中は、いつも道に迷ふが、この方角だらうと歩くと駅に着く。
後者は、前者に比べて遠回りなだけではなく、池袋から埼京線で赤羽に出るのと比べても、飯田橋経由だから遠回りだ。尤も二年前に目黒で仕事をしたときは、地下鉄の王子で京浜東北線に乗り換へた。赤羽岩淵から赤羽まで歩くのを避けるためだ。
仕事場は朝霞駅より南側 和光市駅にある程度近いが駅に着く前に 地下鉄車庫が道塞ぐ そのため潜る地下道へ線路反対側に出て 南へ歩き駅に到着

反歌  地下鉄は飯田橋にて乗り換へて南北線で赤羽岩淵
反歌  東京に路面電車がある頃は赤羽岩淵都電の赤羽

十月十二日(木)
気候が好いので、仕事の帰りに寄り道が続く。本日は、田端操駅から日暮里駅常磐線までの貨物線跡を探った。小学生の頃は、東北本線の下に単線のトンネルがあり、数時間に一本の割合で電気機関車(ディーゼル機関車かもしれない)が引く貨物列車が走った。トンネルより少し北側にはガードがあり、下は五線くらいあり三河島を経由して隅田川駅へ向かった。まだここを一日に数本の蒸気機関車が走った時代である。
今回の企画は、お諏方様の線路側崖の階段を降りると、バラック風の飲食店が幾つかあり、或いは線路跡ではないかと思った。西日暮里北側にトンネル跡がある。線路跡と思はれる小道もある。

    
田端操駅のかつてトラックが入出場した門        トンネル跡(右の白く塞がれた部分、左は単なるガード下)     線路跡が小道に(東北本線から少し離れ、常磐線に合流する)
(ダブルクリックで大きな写真に)

田端操駅から日暮里駅常磐線までの貨物線は、秋葉原駅の貨物ホームへ行ったのだと思ふ。従って秋葉原駅の貨物扱ひは、昭和四十二年頃に廃止されたと思ってきたが、インターネットで調べると昭和四十九年に車扱ひを隅田川及び田端操へ移し、神田市場発着のみを残したが、予想外に少なかったので廃止になった。これも、神田市場があるから貨物扱ひをしたと思ったが、それ以外が多かったのは意外だった。トンネル廃止の後は、隅田川駅から秋葉原へ行ったのだらう。隅田川駅南西の両亘り線は、そのことに使ったのかと初めて知った。今まで、荷物列車用のみだと思ってきた。
秋葉原貨物ホームは 裏側の改札口と駅前の広場に変はり その外の運送会社の倉庫地区ヨドバシカメラ開店となる

反歌  貨物駅跡地ヨドバシ秋葉店考へてきた誤り気付く
反歌  ヨドバシの大きな店が出来た為電気の街は衰退続く
日暮里の貨物線跡を見て、繊維街を歩いた。古い地図では、駅前通りとその通りから日暮里南公園へ行く道とその手前の道が商店街だ。しかし歩いてみると、駅前通りの南側のみが繊維街で、日暮里南公園へ行く道は飲食店などが点在するのみだった。
商店街どこも寂れて 日暮里の繊維街とて例外に非ざることに慣れ驚かず

反歌  日暮里の駅西側は馴染みでも東は過去に五回程度か
日暮里から1.3Km、徒歩18分のところに住んでゐたのに、五回は少ない。

十月十二日(木)その二
夕方三時四十分から『よじごじDays「秋の味覚を満喫する!山梨~長野ドライブ旅」MC:小泉孝太郎』を見た。「談合坂SAから松本市浅間温泉を目指す」とあったからだ。主に山梨県内の名物を食べながら車は走り、富士見では富士山が見えず、諏訪湖の夕日は間に合はないところで母を呼びに行き、諏訪湖だとか云ひながら見た。浅間温泉の玉乃湯で貸切風呂に浸かり終了した。スタジオでは小泉孝太郎の進行で、山梨県の名物を食べて終了した。
山梨県が九割を占めた。玉乃湯はバスが曲がる少し先だと思ったが、母は祖父の家跡のすぐ下だと云ふ。地図で見ると、バスが曲がる手前で、小生が近かった。今年五月に旅行したばかりなので当然だが、宿泊した旅館とは違ふのに、我ながらよく覚へてゐた。
母に「西石川の先が、菊の湯、泉荘、玉乃湯。右に曲がって坂を上がると、梅の湯、小柳、相生の湯」と、インターネット地図を見ながら解説した。相生の湯はマンションになってしまったので、祖父の家跡から景色が悪くなった、などと話した。
浅間の湯終着地にて山梨が目立ち富士見と諏訪湖も少し
(終)

追記十月十五日(日)
田端操から日暮里への短絡線を走る貨物列車は、秋葉原のほかに、大森、蒲田、川崎の貨物扱ひ所に行った可能性もある。

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