千九百二十六(うた) 地元の話題(鉄道、送電線、旧中山道のマンション、消防署前のバス路線)
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
西暦元日後一月十九日(木)(2023.1.19)
本日帰宅時に、浦和電車区の台車検査(兼臨時修繕)庫に数両が入った編成を見た。このあと連結を切り離して、編成の後方は引き上げるのだらう。
十二月十日に、交番検査庫の東にある留置線から、編成がゐなくなった。一ヶ月経っても入線しないので、今までは臨時修繕だったのか、と思ひ始めた。十六日に一編成が着線した。そして本日、台車検査庫へ入った(或いは出るところかも知れない)。浦和電車区での台車検査が復活したと見ていいだらう。
蕨駅京浜東北線ホーム南側の保線用留置線は、ときどき保線用車両が入るやうになった。川口駅南方の鉄橋手前の、京浜東北線北行と東北線上りの間の保線用留置線も、ときどき保線用車両が入るやうになった。
これまでは片方に停まるときは、もう片方は空だったが、本日は両方に入った。川口は二両編成と、少し間隔を空けて一両。蕨は一両だ。これまで交互と思ったのは、最初のうちは川口も一両だけだったのかも知れない。最近は川口に三両止まり、本日蕨に一両現れた。
最近のゲンダイの記事で、鉄道への興味がまた無くなった。今回これらを取り上げたのは、地元の話題だからだ。

一月二十日(金)
我が家から少し離れた場所に、京北線と白幡線の二層式送電線がある。小学生のころは低く普通の送電線だったが、高さが約三倍で大規模になった。最初、送電線の下を買はうと両親が話すのを聞いたことがある。建築制限があるが、庭を広く取れる。当時は、広い庭を持つことが庶民の夢だったことが分かる。
今から三十年くらい前だらうか、送電線を高くするのでテレビ電波に影響があり、東京電力が付近の住宅に無料のケーブルテレビを設置した。追加料金を払ふと、普通のケーブルテレビの番組も見られる。実家に里帰りすると、CNNや時代劇チャンネルなどを見るのが楽しみだった。その後、父が亡くなり追加料金は解約した。父が囲碁のチャンネルを見るために加入したやうなものだった。
その後、地上放送がデジタル化されるときに、無料ケーブルテレビは廃止になった。
ケーブルのテレビで追加番組を見るが楽しみ里帰り 今は結婚直後での思ひ出となり三十年経つ

(反歌) 子二人も社会に立ちて日を重ね月を重ねて年も重ねる

一月二十一日(土)
旧中山道沿ひに、マンションがある。かつて一階にセブンイレブンが開店したものの、何年かしてマンションが倒産しセブンイレブンも閉店した。
閉店前の話だが、当時はどの小売店も三が日は休むものだった。そんなときにセブンイレブンは元日から開店を始めた。しかもテレビで山本五十六のドラマを放送しそのスポンサーとして、大々的に元日開店を宣伝した。小生は賞讃の気持ちで、わざわざ買ひに行ったものだった。
その後、他のチェーン店も真似をするやうになった。これでは労働強化だ。しかも三が日は休む習慣が廃れる原因にもなった。一部の店が開店するなら尊い。皆が開店するなら、反対だ。
そんな時代もあったが、閉店したセブンイレブンがあったのはどの部分だらうとマンションを見ても分からない。そのマンションの建築年を調べると築二十年だ。どうやら前のマンションは解体し、新たに分譲マンションを建てたらしい。前のマンションは四十年前だらうか。倒産するところを見ると賃貸だったのだらう。
分譲のマンションならば倒産はない 賃貸のマンションならば倒産がある


一月二十二日(日)
昭和四十五(1970)年頃に、消防署前の通りにバスが走ったと云ふ。旧中山道との丁字路の手前七十メートルの位置にバス停も出来たさうだ。その後、廃止されたので乗客が少なかったせいだらうと思ってきた。しかし昭和四十五年と云へば、区画整理が終はって家が建ち始めた頃だ。乗客が少ないのは当然だ。そこで最近は、もとからある路線が工事で迂回したのではないかと、思ひ始めた。
まづ考へたのは、文化通りを国道十七号までの迂回だ。文化通りは昭和五十年辺りまでは工事をしてゐた。しかしここを走る路線が出来たのは工事が終はって何年か後だ。
そこで次に、駅から南陸橋通り経由で旧中山道を北方へ行く浦和駅行き、又は南方行く戸田車庫行きが迂回したのではないかと、考へ始めた。これはあり得る。丁字路の手前七十メートルのバス停は、丁字路のものが一時移転したのだらう。
(2004年に、戸田車庫行きと終点の二つ手前まで並行するイオンモール北戸田行きが出来て、本数が二倍になった。ところが戸田車庫行きが毎年減って、今では一日二本になってしまった。更に、イオンモール北戸田行きも年々減って来た)
大宮の南側では東北と上越北陸ふた組で複々線を持つ筈が 埼京線を作るため複線一つ路線は三つ

(反歌) 埼京線東北線に近すぎる地域のバスがめちゃくちゃとなる(終)

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