千八百四十二(うた) 1.瞑想と歌作り、2.只見線復活
壬寅(西洋野蛮歴2022)年
九月二十八日(水)
時間のある時に四回目のメモ書き歌を作ったが、関係する特集に分配し(伝馬町訪問記の追記、行動日記の追記、マンション管理人日記)、残りは二種類になった。一種類目は、歌作りで瞑想の代理ができるだらうか。
瞑想と歌を作るを比べると止と観につき代用できる
歌作り誰もが観に役立つと思ふが止にも大きな効果
歌作り止観を共に備へるも瞑想自体は必要となる
歌作りをしても、それとは別に瞑想が必要になる。瞑想の前に「ブッダンサラナン(以下略)」または「ナモタッサ(以下略)」を心の中で三回唱へる。或いは漢語で「南無仏、南無法、南無僧団」または「南無三宝尊」の三唱でもよい。二五〇〇年間続いた方法か、それとも科学万能の世の中で瞑想するだけかの違ひになってしまふ。電車の中や短い空き時間に瞑想をして中断の後に続きをする場合は、二回目以降に唱へることを省略してもよい。
さて、歳を取ると心の活性度が低下する。その一方で歳を取ると短気になる(人もゐる)とも云はれてゐる。因みに私自身は、短気にはなってゐないと思ふ。
歳を取る沈む心を活性化逆に安定両面が要る
これを数学で云ふと
平均が下がる一方分散は大きくなりて対策が要る
ここで分散とは、個々のデータから平均を引いたものをそれぞれ二乗して加へ、データ数で割ったものだ。分散の平方根が標準偏差である。
九月三十日(金)
二種類目は只見線だ。一週間ほど前に、駅を降りるとき只見線のパンフレットがあるので持ってきた。二〇一一年の豪雨で不通になった。そして明日再開する。各駅の、観光案内と旅館、菓子店、食堂、その他の店舗を紹介する。開通させた努力に敬意を表して、ぜひ旅行したいものだ。コロナ禍騒ぎが発生する前のことだった。
コロナ禍で鉄道赤字 地方線都市の黒字を回せずに 存続賭けて自治体と鉄道会社真剣勝負
(反歌)
只見から十一年の不通経て会津六駅再び出会ふ
不通だったのは只見駅から会津川口駅まで。会津が付く駅が六つある。最終ページに「福島県只見線管理事務所」とある。上下分離なのかとパンフレットをよく読むと、年表がある。二〇一一年七月に不通となったあと、翌年十月に只見と新潟県の大白川の間で再開した。
不通区間を再開するには八十五億円、四年以上掛かることが分かった。二〇一七年に上下分離で建設することが決まった。実に長い年月だった。
しかし乗りに行くには敷居が高い。東北新幹線で大宮から郡山まで一時間、そこから磐越西線で会津若松まで一時間二十分。或いは、上越新幹線で大宮から浦佐または長岡まで一時間、そこから只見まで二時間。在来線が長い。東武鉄道と会津鬼怒川線、会津鉄道を使ったほうが安いし速い。
母がデイサービスから戻った後に長時間一人にはできず、妻が六十五歳を迎へる来年以降に妻の勤務時間が変はればそれからかな。
線の名を会津復活線などと変へて国内その名広めよ
鉄道が十一年掛け復活をした事実こそ観光資源
せっかくの観光資源活用し地域繁栄鉄路繁栄(終)
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