千七百五十二(和語の歌) 「名歌辞典」を読んで
壬寅(西洋野蛮歴2022)年
五月二十七日(金)
創拓社が一九九〇年に発行した「名歌辞典」を図書館で借りた。五百四十頁が明治維新以前、それらの歌集別目録が百三十頁、近代短歌が八十ページで1と2に分かれる。1は文学史上注意すべき歌人で、直文、左千夫、子規、信綱に始まり節、茂吉、白秋、牧水、啄木などだ。生年順なので、子規が左千夫の後ろに来ても問題はない。2はその他で、八一、喜志子などがゐる。ここに吉野秀雄も載る。秀雄の歌は前に読んだが歌感が違ひ過ぎる。ところがここでは、佳い歌が多い。
病む妻の足頸にぎり昼寝する末の子をみれば死なしめがたし

これは前回も佳い歌だったが、
配給の餅(もちひ)かぞへて母のなき四たりの子らに多く割り当つ
鶴岡の霜の朝けに打つ神鼓(じんこ)あな鞳々(たうたう)と肝にひびかふ
軒の三重裳階(もこし)の三重の六重(むへ)の段(きだ)見つつし飽かね薬師寺の塔

最後の歌は、六重の振り仮名が「むつへ」と書いてある記事を見つけた。前回読んだ時は、振り仮名が無く、破調と勘違ひしたかも知れない。
島の背の夜露に立てば天之河熊野が灘へおしかたむけり
英虞(あご)の海秋さわやかに遠展(とほひら)け紀伊のはたてに日は落ちむとす

十二首のうち六首なのでかなり高率だ。選歌された書籍だと、選歌した人の歌感になる。本人の歌集だと歌が多すぎて、玉石混淆になる。この場合、最高作、上位、平均、最低作のどれで歌人を評価するか。
上位が望まれるが、歌が多いと平均になる。
今読むと秀雄に多い優れ歌八一と歩み残る足跡

口語の欠点は、時制が弱い。今回は過去形か完了形を簡単に使へたらよいのに、と思ひながら時制を避けるやうに作った。

五月二十九日(日)
「名歌辞典」は選歌に優れることを一昨日に指摘したが、1は主要な歌に通解が載ることも大きい。歌が連続すると、早読み、表面読み、惰性読みになってしまふ。通解はそれを防ぐ。
2は歌のみだが、昨日の秀雄で明らかなやうに、選歌が優れる。この辞典は平成二年の出版だが、昭和三十年に出版された辞典の改訂版だ。なるほどと納得した。
歌は時代とともに堕落する。そして復興する運動がときどき起きて復活するものの、その後は再び堕落が始まる。今の時代は戦後の堕落が続くから、その前の時代に成人を迎へた人達に依る書籍は貴重だ。
やまと歌堕ちる返るを繰り返す堕ちるは長く返るは僅か
(終)

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