千六百七十五(歌)(モリカケ桜疑獄二百十ニの一) 岸信夫は安倍と縁を切るとよい、公明党と下村稲田も
辛丑(2021)西暦元日後
閏月十四日(金)(2022.1.14)
歴史を詳細に調べれば、岸信介は東條英機に次いで敗戦責任がある。しかし、そのことを誰も指摘しなかったのは、統帥権を問題にして政権を攻撃した野党や、世界大恐慌のときに適切な政策を取れなかった各政党、戦争を煽る偏向マスコミなど、他にも敗戦責任がたくさんあるためだった。
それなのに安倍が、モリカケ桜藪を起こし、ごまかすため黒川定年延長問題を起こし、今では統計を操作した疑惑が出て来た。その安倍が、尊敬するのは岸信介だと発言するので、岸の敗戦責任を追及せざるを得なくなった。
岸信夫はいい迷惑であらう。岸家と安倍家は異なる。岸信夫は安倍との俗縁を切って、岸家の人間として振る舞へば、先が見えてこよう。

閏月十五日(土)
武蔵野市の住民投票条例は、多数派が意見をごり押しするものなのに、少数派のためだと云ふ。あまりにでたらめが過ぎるので、私も反対のホームページを作った。こんな提案が出てくる理由は、日本が独立をしてゐないためだ。
独立とは、日米安保条約を破棄することではない。精神が独立することだ。精神が独立すれば、外国の軍隊が駐留しても悪影響はない。精神が独立しないと、外国の軍隊が駐留しただけで亡国の道を歩む。
かうなった原因は、先の敗戦にある。日本史上、東條英機に次いで敗戦の原因である岸信介の責任は重大だ。しかし岸信夫は岸家に養子に行ったのだから、安倍との俗縁(実の兄弟)を切れば、こんな批判は出なくなる。

閏月十六日(日)
昨日紹介した反対のホームページでは、日本社会党を取り上げた。 昭和二十(1945)年十一月に結成し、平成八(1996)年一月に解散した。社会党の欠点は、非武装中立なんてできないことを掲げた。日本共産党から、攻撃されたらどうするのかある議員に質問したら、逃げると答へたと赤旗(現、しんぶん赤旗)に書かれてしまった。
社会党 その功績は 今にても 経営陣が 悪いとき 労働側に 蘇る 総資本対 総労働が

(反歌) 経団連 経産省は 悪徳の 経営陣を 無くす努力を
社会党は、左派と右派が再統一した後は過半数を取る勢ひで、自由党と民主党が慌てて合併し今の自由民主党になるくらいだった。また、社会党と共産党は共闘し、全国に革新知事、革新市長を誕生させた。
非武装中立が五十年間続いたのは、敗戦による混乱があったためだ。敗戦はそれほど重い。敗戦責任一位の東條英機と、二位の岸信介の責任は重大だ。
しかしこれらの議論は、安倍が原因だから、岸信夫は安倍と関係を断つことで議論を終結させることも可能だ。

閏月十七日(月)
公明党は、安倍より岸田政権の政策に近い。だから岸田政権が安倍離れするやう努力すべきだ。それなのに逆をやった。共同通信のホームページによると
公明、自民推薦の見送りを検討 参院選、地方組織に伝達

その理由は
自民が改選複数区に立つ公明候補への推薦に難色を示しているのが理由で、(中略)自民内には、有利な選挙協力を得ようとする公明側の駆け引きだとの見方もあり、情勢を見極める構えだ。

理由は二つ考へられる。一つは、自民党の見方が正しく、公明側の駆け引きだ。もう一つ、公明はこれ以上自民と選挙協力を続けると、組織が持たないのかも知れない。
いづれにせよ、公明の私利私欲だ。公明党が政党を名乗るなら、国の行く末を見極めて行動すべきだ。今は反安倍に廻り、安倍の影響力を削ぐべきだ。
連合と 経済界の 圧力も 私利私欲にて 政治が曲がる 公明以外に


閏月十八日(火)
前にも指摘したが、XX会は布教を目的とする組織だった。布教が完成したときは、解散するはずだった。公明党が毎回延びるなら、選挙活動の意味もあるだらう。会員が毎回大変な苦労をして知人友人に投票を依頼することで、議席数を上乗せして意味があるのか。
XX会は、職員として給料をもらったり議員になる人と、それらに搾取される会員に分かれる。選挙運動をやっても功徳はない。時間が無駄だからやめるべきだ。
公明党が反安倍に廻るなら、こんな批判はしなくて済む。今回は共同通信のニュースがあったため、臨時で追加した。

閏月十九日(水)
選挙運動をやって、功徳は無いが罰もない。これは搾取される側の人たちだ。幹部や議員は、人の好い会員に対し選挙運動をやれば功徳があると騙したのだから、罰があるのではないか。
私自身は、罰があるなんて絶対に考へない。しかし僧X系四団体は、他の団体に不幸があると、罰だ罰だと言って来たのだから、その考へ方だと罰がある。公明党が反安倍になれば世の中のためになるから、こんな主張はしなくて済むのだが。

閏月二十日(木)
乗りものニュースのホームページに
最後の空母「葛城」が進水した日-1944.1.19 燃料・艦載機なく出撃機会は来ず

が載った。
1944(昭和19)年の1月19日は、旧日本海軍の航空母艦「葛城」が進水した日です。完成した海軍の空母としては、この「葛城」が最後の艦になります。

ところが
10隻あまりの建造が計画されたものの、3番艦「葛城」を最後に戦局の悪化などから完成することなく終戦を迎えています。

そればかりか
そもそも搭載する艦載機や燃料も十分にありませんでした。そのため、「葛城」は空母としての任務に就けないまま、呉で待機を続けます。

開戦時の商工相で、後に国務大臣兼軍需次官(軍需相は東條兼務)岸信介の敗戦責任は重大だ。
敗戦で 被害を受けた 人々と 子と孫ひ孫 怒りを岸に

被害を受けなかった人はゐない。 最近會津八一を特集したが、八一の養女が食糧不足医薬品不足の中で病死した。家族が戦死した、空襲で被害を受けた、病死した。ほとんどの家庭がさうだった。我が家でも、祖父が病死、伯父は復員後まもなく栄養失調のためか急死した。

閏月二十一日(金)
敗戦責任に、野党の統帥権与党攻撃や世界大恐慌での各政党の対応まで含めたのは、岸信夫が安倍と手を切り易くするためである。これらは、軍部の発言権増大に責任があっても、敗戦責任はない。
これまで敗戦責任が論じられなかったのは、極東軍事裁判で解決したと、国民は思ひ込んできた。極東軍事裁判で解決したのは、連合国に対する開戦責任であって、敗戦責任ではない。連合国にとって敗戦責任者は、表彰してもよいくらいだ。
とは云へ、敗戦責任は子孫には及ばない。安倍は、岸信介を尊敬すると云ふから例外だ。岸信夫は、例外と手を組むのか、それとも例外と手を切るのか。

閏月二十ニ日(土)
LGBT法案の下村と稲田は、経緯を明らかにするべきだ。下村が加はった時点で、背後でうごめいた人がゐると、支持者の多くが感じたことだらう。これまで安倍周辺は自民党内の最保守を自称してきたからだ。稲田は安倍と不仲になったとさへ噂され、それは安倍の高市支援で現実味を帯びた。
ところが、高市の安倍派入会を稲田が安倍に電話で反対した報道が流され、多くの国民は偽装不仲だったと気付いた。事実、下村と稲田は安倍派の、会長代行と事務局長に就任した。
維新の会と国民民主党は、安倍派議員の全選挙区に対抗者を立てよう。下村と稲田の行為が正当なのかどうか、選挙民に判断してもらはうではないか。
さうならないために、安倍派は二つに分かれたはうがよい。下村と稲田はこのままだと、これで終はりになる。さうならないためには、背後を明らかにすべきだ。(終)

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