千三百六十一 香港のデモ隊は、アメリカ領事館から引き返せ
己亥、西暦2019、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
九月十日(火)
香港のデモ隊が、アメリカ領事館に向かふニュースを見た。そんなことをしてはいけない。アジアの支持を失ふ。これまでデモには、アジア人の多数が賛成だった。
数日前から、デモ隊は公共施設を破壊し傍若無人の振る舞ひをすると、デモを批判する報道が現れて、今までのデモ隊支持一辺倒だった報道に変化が起きた。そして今回のアメリカ領事館だ。これで多くのアジア人の支持を失った。

九月十一日(水)
挽回の方法はある。デモは、香港の旗と中国の国旗の両方を持つとよい。中国の国旗に違和感を持つ人がゐるとすれば、アメリカの国旗のほうが100倍変なことに気が付かなくてはいけない。
デモ隊は先頭に鄧小平さんの遺影を掲げる方法もある。しかしこれだと二つの意味が出てくる。二つ目の意味は現中国政権への批判だ。鄧小平さんの遺影と、習近平さんの写真を掲げて行進すれば上策だ。
デモ隊は、欧米に眼を向けてはいけない。デモの目的は着地点を見つけることで、破滅することではない。

九月十二日(木)
デモ隊がアメリカ国旗を掲げたり、アメリカ領事館に向かったことは、今回が初めてではない。しかし今までは、逃亡犯条例案は撤回して当然だと世界中が考へたから、そのための戦術として容認された。
いはばスヰッチが二つ直列に繋がり、それは逃亡犯条例と、アメリカだ。アメリカのスヰッチを入れても逃亡犯条例があるから、爆発はしなかった。
今回、逃亡犯条例が撤回されたのだから、アメリカ国旗を掲げたり、アメリカ領事館に向かってはいけない。

九月十三日(金)
日本のマスコミは、欧米の猿真似が多すぎる。海外支局は、現地の英字新聞を読んで記事を書いてゐるのではないかと、勘繰りたくなる。
欧米は、自分たちと異なる選挙制度の国で混乱が起きると、それを煽る。その国の人たちが大変な目に遭はうと、自分たちは離れた場所だから無関係らしい。あと、世界中を植民地にしたことは正当化する。
日本人は、日本が欧米側だと勘違ひしてはいけない。戦後のほとんどは、自民党政権だ。しかも世襲や、議員の口利き、秘書への暴言、コーヒーカップ投げつけなどが多い。欧米の基準だと、日本は民主主義ではない。
世界中を植民地にしたことを正当化する例として、影響を受けた日本人を先日挙げた。財務省の外郭団体の報告書に
西洋近代の民主主義的な価値を代表する女性参政権を含む普通選挙制度と、それに基づく議会政治制度は、アジアでは異例に早く 1931 年に導入された。(中略)1942年2月、日本軍により陥落したシンガポールを撤退するに当たって、イギリス陸海空軍が東南アジア軍総司令部を安心してスリランカに移駐することができたゆえんである。

と悪質なことを書いた。イギリスの植民地を正当化する態度が、マッカーサに洗脳されたとは云へ日本人にまで感染してしまった。
香港では、イギリスの植民地時代に、普通選挙は行なはれなかった。イギリスは返還前に選挙条例を制定したりしたが、これは恥の上塗りであり、香港はまづ返還前の定常状態から出発した。このときはイギリスを除く世界が祝福した。イギリスは作り笑ひで誤魔化した。
今回の騒ぎは、定常状態から外れる逃亡犯条例だから、アジアを含む世界がデモ隊を応援した。条例が撤廃された今となっては、選挙制度の改正など定常状態から外れることを主張してはいけない。それは長い年月を掛けて改良することだ。
それより、二十八年後から更に二十五年間現状を維持し、その後も二十五年ごとに更新を前向きに検討することを、中国政府が表明することのほうが重要だ。
香港は、イギリスの植民地を中国が引き継いだから、経済、観光で魅力がある。中国大陸化しても、独立状態になっても、魅力が激減する。(終)

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