千三百五十 4.龍谷大学と浄土真宗本願寺派を批判
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
八月二十八日(水)龍谷大学と浄土真宗本願寺派を批判する理由
川本佳苗さんの発言は、通訳とは云へ許し難い。同じく、川本さんが推薦した石田瑞麿の著書「女犯」も許し難い。かうなった原因は、川本さんが龍谷大学の非常勤講師を勤め、石田は北海道の浄土真宗本願寺派の寺に生まれた。因みに石田のお兄さんは、学校法人旭川龍谷学園の創立者だ。
だから龍谷大学と浄土真宗本願寺派を批判することにした。本来は、浄土真宗以外のすべての宗派が怒らなくてはいけない。
「よくも法然上人以来明治維新までの僧侶を馬鹿にしてくれたな。阿弥陀仏のご慈悲はお前らには無縁だ」
「日蓮大聖人以来明治維新までの僧侶を悪く云ったな。かうなったら創価学会と立正佼成会を抗議に向かはせるぞ」
「道元禅師以来明治維新までの戒律を守った僧侶を馬鹿にするにもほどがある。警策で思ひっきり叩くぞ」
と怒らなくてはいけない。
しかし各宗派は、明治維新以降は妻帯したから批判しにくい。そこで、当ホームページが各宗派に成り代はり、龍谷大学と浄土真宗本願寺派を批判することにした。

八月二十九日(木)明治維新以降は浄土真宗本願寺派も変はった
親鸞は非僧非俗を自称した。だから僧ではない。明治維新の前までは、浄土真宗本願寺派の非僧非俗たちは、そのことを強く自覚したはずだ。なぜなら他宗では僧は妻帯しなかった。
明治維新以降、他宗も妻帯するやうになった。浄土真宗本願寺派は意識が変はり、非僧とは思はなくなったはずだ。明治維新以降、他宗は変はった。しかし浄土真宗も非僧非俗から僧不俗になったのだから、他宗と同じくらいは変化をした。

八月三十日(金)法主
私が伝統重視を主張する一つの理由は、法主の権限を抑へるためだ。法主の権限が大きくなりすぎて、騒動になった事件が明治維新以降に三回あった。 (1)浄土真宗本願寺派、(2)真宗大谷派、そして(3)旧本門宗大石寺派である。
(1)浄土真宗本願寺派は明治から大正に掛けて法主がお金を使ひ過ぎて退任を余儀なくされ、新法主からは権限が大きく縮小された。
(2)真宗大谷派は昭和五十年頃から内局と法主の権力争ひになり、東本願寺は包括団体に吸収され法人格を消失した。
(3)旧本門宗大石寺派は創価学会の出現で細井日達のときに権限が極大化し、第一次宗創紛争が起きた。そして細井日達急死ののち、正信会事件で僧の1/3が破門になり、第二次宗創紛争で信徒の98%を消失した。
このうち旧本門宗大石寺派は、今でも法主の権限が極大化されたままだから、論評すると破門した側された側のどちらかを批判することになる。だから論評から除外する。
残りの二つの事件で明らかなことは、法主の言ったことが正しいとは限らない。だとすれば法主は権限を縮小するだけでは不十分で、法主そのものを廃止すべきではないのか。
浄土真宗は非僧非俗だから世襲も許された。しかし今は意識が僧不俗だから、世襲は許されない。だいたい東本願寺と西本願寺は統一してもよい。それができないのは法主を一人に統一しなければならないからだ。親鸞が亡くなったあとで大谷廟所の管理権を巡って醜い争ひがあった。これらも僧不俗だと許されない。

八月三十一日(土)アジアの独立運動を侮辱
財務省のホームページから「財務総合政策研究所」を選び、「報告書・論文」を選び、更に「研究会報告書」を選ぶ。表示される報告書のなかの「アジア周縁諸国経済の現状と今後の課題」と云ふ2000年6月に発表されたものを選び、『第4節「女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題」:スリランカ 』を見ると、龍谷大学の当時は経済学部教授だった中村尚司さんの報告書がある。ここで問題点は
西洋近代の民主主義的な価値を代表する女性参政権を含む普通選挙制度と、それに基づく議会政治制度は、アジアでは異例に早く 1931 年に導入された。(中略)1942年2月、日本軍により陥落したシンガポールを撤退するに当たって、イギリス陸海空軍が東南アジア軍総司令部を安心してスリランカに移駐することができたゆえんである。

馬鹿なことを云ってはいけない。イギリス陸海空軍がスリランカに移駐できたのは、イギリスの植民地だったからだ。スリランカの人々がイギリスの植民地になったことを喜んでゐたかどうかは、スリランカ大統領の挨拶で判る。
1978 年に国賓として来日したジャヤワルダナ大統領が皇居の晩餐会で、「もし日本軍がスリランカに上陸作戦を始めれば、民族独立運動を進めていた我々は歓迎した。」と述べた。しかし、それは昭和天皇に対するリップサービスのようなものである。

中村にリップサービスと断定した根拠があるのか。無責任な言論には呆れる。文章は引き続き
その後、私は大統領に直接インタビューしたことがある。あの発言は文字どおり受け取って間違いないかと確かめてもみたが、この話題に限って「私は耳が悪くて、あなたの声がよく聞こえない。」と韜晦されてしまった。

戦争当時は、インド(パキスタン、バングラディシュを含む)、スリランカ、ミャンマー、マレーシア(シンガポールを含む)はイギリスの植民地だった。インドでは独立運動が弾圧され、投獄者が続出した。
チャンドラボースは日本と協力して独立を勝ち取る道を選び、今でもインドでは英雄扱ひされる。それはビルマのアウンサンも同じで、しかし日本の敗戦が濃くなるとアウンサンはイギリス側に寝返った。これはやむを得ない。あのまま日本とともにイギリスと戦争を続ければ、終戦後に戻ってきたイギリス軍から死刑にされただらう。娘のアウンサンスーチーさんが選挙で勝利したのは、お父さんのアウンサンさんの人気だ。
そんな世界情勢を考へず、スリランカの大統領に愚かな質問をする中村尚司には呆れる。

九月一日(日)中村尚司さん別の問題発言
中村尚司さんは2010年に龍谷大学名誉教授人間・科学・宗教総合研究センター研究フェローの肩書で発言してゐる。
東南アジア上座仏教の現状と課題

と題し
私が一番親しく通っているスリランカでは、何と小乗仏教にあるまじきと言いますか、黄色い衣を着た僧侶が国会で議席を9人も取ったり、それからタミル人の反政府運動を武力で殲滅しろというふうに言って、棺桶を担いで、非暴力的に処理してくださいと言っているノルウェーの大使館に持っていくとか、大変華々しい行動をする僧侶、特に若い僧侶が生まれている状況です。

私は僧侶が国会議員になることに反対だが、だからと言って言及しようとは思はない。その国の事情があるからだ。中村さんは言及するからには、立候補した僧侶がどう云ふ理由で立候補したのかを調べるべきだ。
表面だけ読むと悪い印象を読者に与へる事実を並べ、それでゐて背後を論じないのは、川本さん、石田瑞麿さんと同じやり方だ。
そもそも中村尚司さんは、イギリス陸海空軍がスリランカに移駐できたのは、西洋近代の民主主義的な価値を代表する女性参政権を含む普通選挙制度とそれに基づく議会政治制度だと大言を吐いた。それなら国民が選んだ9名に文句を云ふべきではない。
更に重大な問題点は、この発言の少し前に中村さんは
東南アジア上座仏教(上座部仏教と言ってもいいし、そんなに部派仏教でなくて、もう1つしかないから上座仏教と言ってしまってもいいのですが)

と発言した。つまり小乗が侮蔑語だと知ってゐて「小乗仏教にあるまじきと言いますか」と発言した。小乗はヘイトスピーチだとする意見さへある。
タミルゲリラへの発言も同じだ。一部の活動家僧侶は「反政府運動を武力で殲滅しろ」と言ったのであって、タミル人を殲滅しろと言ったのではない。タミルゲリラの事件は
1983年ジャフナで政府軍兵士13人を殺害
1985年 アヌラーダプラでシンハラ人146人を射殺
1987年コロンボで爆弾テロ、約150人が死亡
1991年元インド首相ラジーヴ・ガンディーを暗殺
1992年海軍司令官クランシ・フェルナンドを暗殺
1993年ラナシンハ・プレマダーサ大統領を暗殺
1994年大統領候補ガミニ・ディッサナヤキを暗殺
1996年爆弾により中央銀行を爆破、92人が死亡
1996年列車を爆破、70人が死亡、約600人が負傷
1998年コロンボ・マラダーナ駅付近で37人が死亡
1998年親政府派のジャフナ市長(タミル人)を暗殺
1999年シンハラ人の村落(3つ)を襲撃、56人が死亡
1999年コロンボで15人が死亡。チャンドリカ・クマラトゥンガ大統領も負傷
と続いた。これまでに政府とゲリラの間で何回も停戦協定が結ばれたが、ほとんど(或いはすべて)ゲリラ側が破った。インド元首相が暗殺されたのも、インドが仲介したことにゲリラが反発したためだ。
そして2000年ノルウェーの調停で停戦。このときも翌年ゲリラが停戦を破った。2002年ノルウェー政府の仲介で無期限停戦に合意。翌年ゲリラは和平交渉をキャンセル。
この後も戦闘が続き、スリランカ軍がゲリラ支配地域に本格進出し、ゲリラは所詮、正規軍には敵はず2009年5月19日ラージャパクサ大統領は内戦終結を宣言した。
私が1995年頃スリランカを旅行したときは、内戦の真っ最中で仏歯寺の前面天井がゲリラに一部爆破され、修復の最中だった。高僧暗殺事件もあった。タミルゲリラが、仏教を狙ってシンハラ人の敵意を煽り、タミル人をゲリラに加入させようとするためだった。少年をゲリラ兵士として使ひ捨てにすることも、世界から批判された。
これらの背景を云はず棺桶の話だけをすると、ノルウェーは善人、スリランカの僧侶は悪人になってしまふ。それでゐて中村さんは「私が一番親しく通っているスリランカ」を自称するのだから驚く。
そもそもシンハラ人とタミル人は、互ひに別民族だとさへ認識しない人が多かったさうだ。スマナサーラ長老の著書には、タミル人の国王が登場する場面もある。
シンハラ人の家では仏像の周りに神々を祭るし、タミル人の家では釈尊を含めた神々を祭る。ほとんど区別できない。二つの民族として分断したのはイギリスだ。しかもインドから大量のタミル人を労働者として連れて来たから、今でも国籍をどうするかインドともめてゐる。
これらを指摘しない中村尚司さんの発言は、欠陥発言、西洋崇拝アジア蔑視発言だ。(終)

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