千二百九十九 差別せず本籍を持たず参加したのに、離れた経緯(英語法座、労働運動、リベラル、八王子のスリランカ寺院)
平成三十一己亥年
四月二十六日(金)築地本願寺英語法座
本籍を持たないでいろいろな講演会に参加する話を前に書いた。本籍を持たないことは、主催者にとって実にありがたいことだ。うまく行けば、熱心な活動家を獲得できる。
それにも関はらず、参加して足が遠のくことがある。それは何故かを指摘したい。指摘された団体も気を付ければよい。せっかく開催に熱意を持つのだから、講演会が有意義なものであってほしい。
まづ築地本願寺の英語法話だ。特にケネス田中さんを限りなく好意的に書いたのに、その後、急速に熱が冷めた。最初のきっかけは、翌月の講師が横浜市菊名の住職と云ふ話だった。これはぜひ翌月も参加したいものだ。そこで万障を繰り合はせて参加したところ、実際は菊名より2つ先の駅近くの住職だった。
そのことはもちろん何の問題もない。法話終了後にお菓子、お茶を飲みながら懇談する時間があるが、これが僧侶関係者、お寺の役員など知った人しか参加しないものになった。これまで英語法話には四回ほど参加したが、今回のやうなことは初めてで、これは多少改善の余地がある。しかしこれもまったく気にしなかった。
私にこの日の講演者が菊名の住職だと教へてくれた人がこなかったことは意外だったが、これはまったく問題ない。パーティーで、ケネスさんと会話したときと、司会者の方の対応に一つづつ気になることがあったが、これらもそれほど問題はない。

それから一年近く経って、ケネスさんの次の英語法話を聴いたと云ふ人に遭遇した。その人が云ふには、法話の後にまたパーティーがあったさうだ。その話を聞いて、前回パーティーがあったのはたまたま何かの記念だと思ったから意外だった。そしてこれまで問題にしてこなかったすべての問題が、ちょうど執行猶予中に実刑判決が出て、執行猶予の分を合算して収監されるのと同じで、蒸し返すことになった。司会者の対応とケネスさんの発言も理由が判った。パーティーはほとんどが常連だったことが原因だ。
法話の後で毎回パーティーをすることの問題点は、なぜほかの講師のときはパーティーを開かないのか。普段は来ないのにケネスさんのときだけ来る人が大量にゐるのはなぜか。ケネスさんの法話会だけを考へればそれでよいが、英語法話全体を考へると大問題だ。

四月二十八日(日)労働運動
私が所属した労組は全労協系だった。否、全労協系だと信じて加入したのに、このとき連合に変はってゐた。日本の労組は連合、全労連、全労協の三つに分かれる。連合は大企業と公務員組合が大部分だから、私のやうな中小企業が所属すべきではない。しかしこれは気にしなかった。ここの労組の書記長は全労協の行動隊長みたいな存在だったのに、マスコミで有名になった。傲慢になり全国一般委員長解任騒ぎなどがあったさうだ。そして連合に移ってしまった。そして単組の書記長を続けた。委員長もゐたが名ばかりだった。
数年後に労組の分裂騒ぎがあり、名ばかりだった委員長が過去にもらった活動費を拠出し、新たな労組を作った。専従Aさんのためだった。Aさんに誰と活動したいか訊くと全労協所属の単組副委員長Oさんだと云ふ。そこでそこの単組に頭を下げ、兼任でこちら側労組に来てもらった。この時点では、こちら側もいつか全労協に入る予定だった。この時点では委員長こそ善意の人だった。
昔、或る経営側の人間が、一族経営陣内輪もめで労組に駆け込み、経営側だからと皆が躊躇するのに委員長が引き受けてくれた。それ以来、この人は執行委員として名を連ね、分裂後は副委員長になった。「委員長の晩節を穢さないやうにする」と言ってゐた。しかしその内容たるや、書記長を追ひ出し、専従Aさんにうるさく云ふからAさんは倒れ、委員長を反左翼にしてしまった。Aさんが倒れたあとは、残ったなかの最左翼として私に目をつけた。私は左翼的なことも右翼的なことも云ふが、全体では平衡してゐる。それなのに最左翼とはどこに目をつけてゐるのかと云ひたくなる。この件はかなり気にするが、Aさんが倒れたあとは組織に存在意義がないから、私は脱退した。
話は遡り、分裂して二年目くらいに、分裂前から数へて何十周年かのパーティーがあった。そこにある全労協系の単組書記長だかが、難民の活動でアメリカ政府から表彰され、ホワイトハウスでは受け入れるかいろいろもめたらしいが、最後は受け入れた。それに感激した余韻を残して登壇し「アメリカは民主主義だ」と何回も繰り返した。あまりにひどいので、後日全労協系の別の単組委員長などに、あの発言はひどいのではないかと云ふと、どこがひどいか判らないらしい。全労協のメーデーで変な英語の歌を歌ふこともあった。これらで、労働運動からは足を洗ふことにした。勤務先で不当労働行為が無い限り、労働運動には戻らない。

四月二十九日(月)リベラル、唯物論
労働組合の分裂前の話で或る日、近隣労組の元委員長と朝日新聞の女記者が突然、私に向かひ運命史観だとか云ふ。そもそもこの近隣労組元委員長は、うちの労組と合同で戦後労働運動史の学習会を月に一回行ひ、参加者は十名くらいでこの人が講師だから顔見知りだ。今まで仲が良かったのに女記者に何か云はれたからと、突然態度を変へる。呆れた男だ。しかし気にしなかった。
この男は、後日週刊誌に別の男1名女1名とスキャンダルを書かれた。この男はレイプドラッグで犯罪性が高いので実名で書かれた。この事件はうちの労組に飛び火して分裂の一因になったから気にする。しかし分裂があった後は気にしなかった。
分裂のあと向かう側が突然JR総連と共闘を始めたのには驚いた。分裂前の書記長、分裂後は向かう側の委員長になった男は、かつて国鉄争議団の応援隊長として活躍したからだ。
朝日新聞の女記者(会ってないので前回と同一人物かどうかは不明)が、労組専従Aさんを連れ出し飲みに行った。その日にAさんは倒れ、女記者がアパートに届けたあと放置したから悪化した。この件はかなり気にする。そしてAさんが倒れたため、労組内の左右バランスが壊れた。
労組の事務室で経理の勉強をする女がゐた。うちの労組所属ではなく、その女の所属労組の執行部とは仲が悪いみたいで、家が近いので冷暖房費節約のためだった。私も親切に受け入れてあげてゐたのに、私が組合を脱退するときに、おそらく副委員長(元経営側人間)に云はれたのだらう。会計を調べると云ふから、見せてあげてゐた。私は違ふ作業をしてゐると、突然「この会計はどうなんですか」と声を張り上げる。パソコンの操作中だから「ちょっと待ってね」と云ふと「待てません」と声を張り上げる。何だと思って行くと、Excelのファイルで消し忘れの数値があるだけだ。これは消し忘れでしょ、と云ふとおとなしくなった。この女は経理の不正があると勘違ひしたのだが、今まで親切に場所を貸してあげたのに、突然金切り声を出す。
週刊誌にスキャンダルを書かれた近隣労組元委員長、朝日新聞記者、この居候女。リベラルだとか唯物論だとかを盲信するからかういふことになる。スターリン、毛沢東、ポルポトと変はらない。資本主義が唯物論だから、我々は労働運動でそれを補正するのに、これらの連中は自分たちが唯物論になってしまった。

四月三十日(火)八王子のスリランカ寺院
スリランカ比丘の僧院が八王子にある。カテナ法要に一回参加したことがある。始まる前に近くの大乗寺院の庭に戒壇を新設したとのことで、それを見学してゐると、そこの寺の女性が私を写真に撮る。きっと誰か妨害をする人が過去にゐたのだらうと気にせず、その女性に挨拶して外に出た。
法要のあと、比丘への食事の寄進で、別の大乗寺院の住職が最上座、スリランカの比丘たちがその次に順番に座った。スリランカの比丘たちは、この住職が兼任する寺を借りて国際仏教センター兼僧院としてゐる。無住の廃寺にしてしまふより、このほうが双方にとって良いことだ。だからと言って妻帯する人を比丘と同じ扱ひにするだけではなく、最上座に座らせてはいけない。これは極めて気にする。
その寺は都市化で金回りがよい。五重塔がある。ところがその階上の四隅に、マッカーサ、蒋介石、その他の像を置く。信徒にはいろいろな政治信条の人がゐる。マッカーサは人類史上最悪の戦争犯罪人ではないか。そんな人を祭ってよいはずがない。蒋介石はその権力志向が原因で、日華事変や中国国共内戦になった。西安事件(蒋介石を逮捕監禁)の二人のうち、張学良は蒋介石が死ぬまで50年間軟禁、楊虎城は蒋介石が台湾に逃げるときに娘、秘書夫妻とともに殺害した。そんな男を祭ってはいけない。
東海道線沿線の或る住職が遅れて来た。創価学会の団体列車について「変な連中が乗ってゐた」と悪口を言った。これはかなり気にする。教義を批判するのは構はない。しかし信徒を批判してはいけない。
カテナ法要に参加したのは、スマナサーラ長老の指導する或る日本人団体の案内にあったためだが、後日その団体の事務局が管理する掲示板が判り難く、間違へて載ってしまふ。削除するやう依頼したところ事務局から、一旦投稿したものは削除できませんと木を鼻で括ったやうな返事が来た。これ以来、こことは一切関はらないことにした。八王子寺院とゴータミー寺院のスリランカ比丘たちは無関係だから、今でも尊重してゐる。(終)

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