千二百二十六 原始仏教マハーカルナ派を永続させるには
平成三十戊戌
十月二十八日(日)
五年前に一回参加したことがあるマハーカルナ比丘の瞑想会は、その後ずっとご無沙汰してゐた。これはマハーカルナ比丘に原因があるのではなく、私はパオ瞑想のパーリ語用語が判らない。そのため参加しなかった。つまり私に原因がある。
一昨年にマハーカルナ比丘のホームページはパオ森林僧院日本支部の看板を突然下ろして、まづ外部が騒ぎになった。その1年後に、ホームページを管理する人たちが、マハーカルナ比丘は戒律で最も重い罪のパーラージカに違反したとしてホームページを閉鎖した。
私は五年間参加しなかったので、何のことか判らない。しかしマハーカルナ比丘のやうな優秀な僧侶を騒ぎに巻き込むことは、日本の仏法界にとって大きな損失だ。さう思って本日のSutta講義 「慈経」第2回(参学許可を得た人のみ)、「原始仏教トーク」(一般者出席可)、カティナ法要(おそらく一般者出席可)に参加した。私の場合、今月の「原始仏教トーク」は他の行事と一緒だが参加できるか問ひ合はせたところ、五年前の第一回瞑想会に参加したためか、すぐに参学許可が出た。

十月二十九日(月)
10:00から「修行者のためのアビダンマ講座」。これはまったく判らないので欠席した。11:00からの『Sutta講義 「慈経」第2回』から参加したが、「修行者のためのアビダンマ講座」が伸びて、11:20昼食の時間になった。本来は11:30からだ。しかし11:10頃から次のお話があった。私のメモによると
上座部のジャーナ否定論は誤り。パーリ語の南伝経典と、サンスクリットの北伝経典を比べて、どちらが古いかは判らないが、北伝が新しいと云ふことはない。北伝にはジャーナ否定論はない。天台大師の摩訶止観。大寺派のジャーナ否定論は癌細胞。

ジャーナとは禅定のことだ。大寺派とはスリランカ大寺派のことで、現存する上座部仏教はすべて大寺派の系統だ。かう云ふことを云ふから、ホームページを管理する幹部の造反を招いたのだらう。
私自身は、仏法全体のためになるならその主張でもよいと思ふ。部派仏教はスリランカ大寺派しか残らず、今では上座部と称する。だから経典や戒律や儀式は上座部を経由して学ぶべきだが、競合する部派がないから上座部も怠惰になりがちだ。原始仏教を名乗る宗派が現れると、上座部への刺激となる。

十月三十日(火)
五年前のマハーカルナ比丘の講義に、危ないものがあった。或る比丘がブッダにならうと一所懸命に修行し、同時代に二人のブッダは現れずあと一歩でブッダになるところで癌になり亡くなった、と云ふ内容だ。
パオ森林僧院日本支部の看板を下ろす原因に、水源禅師から抗議があったと云ふ話がある。水源さんもパオで修行したのに、なぜマハーカルナ比丘だけがパオを代表するみたいに名乗るのか、と云ふことらしい。水源禅師も、別の修行者との会話で「あのときブッダが見へましたね、アーリア人でした」と云ふ内容があって、これも危ない話だと思った。
今回マハーカルナ比丘の話に、まもなく仏教が終はる、阿羅漢はブッダと交流できる、と云ふ内容があり、これがマハーカルナ法友会幹部の離反を招いた理由だと理解した。阿羅漢になったことまでは思っても、云はなければよい。しかしブッダになったとなると、もはや仏法ではなくなってしまふ。それより原始仏教マハーカルナ派の永続を考へるほうがよい。

十月三十一日(水)
アビダンマ講座の最後の部分を聴いて、マハーカルナ比丘は日本に必要な存在だと確信した。私は騒ぎのあと初めて参加したので、上座部仏法に言及して私の反応を見る目的もあったのだらう。慈経ではなく上座部の問題点を指摘したが、この程度の批判なら問題ない。
強いて云へば、ブッダの言葉はパーリ語とは別で、パーリ語に変換されたと云ふ話があったが、ブッダの話した半マダガ語とパーリ語は方言の関係だから、変換されたのではなく、自然に訛ったと云ふべきだらう。しかしこれも許容範囲内だ。
午後は12:00 授戒・Chanting、13:00原始仏教トーク#55「仏法僧を究める」、14:30 佛暦2651年記念 カティナ法要、15:30 Q&A。 授戒は八戒五戒の両方。Chantingの三帰依は板橋のミャンマー寺院では節を付けないが、ここでは付ける。回向は自主瞑想会とは違ふ経だった。

十一月一日(木)
授戒、読経すべてがパーリ語なので、これなら今後も参加できると嬉しく思った。原始仏教トークもよい内容だった。ここまでが先週日曜の話だ。
マハーカルナ比丘が今年一月六日に説法した内容を、数日後にYouTubeで聴いた。問題発言が一つあった。仏滅後の根本分裂が、上座部、大衆部、分別説部の三つで、現在の上座部は分別説部の流れなのに上座部を詐称したと云ふのだ。或いは上座部、大衆部に分裂し、上座部の異端が仏音(ブッダゴーサ)の時代に更に変化したのが現在の上座部だと云ふ。
まづ根本分裂は上座部、大衆部に別れたとするのが常識で、三つに分かれたとする大衆部の資料があったとしても、それを採用する人はゐない。部派仏教の一つが現在の上座部とすべきで、上座部の中の異端なんて悪口を言ってはいけない。
マハーカルナ比丘も、法友会の幹部が破戒だと言ひ出したことへの反応として上座部に言ひ過ぎたとして、この主張は二度と云はず、もし質問されたときはああ云ふ状況下での発言で、今後は云はないと回答してほしいと思ふ。

十一月二日(金)
一般論として僧侶の説法でよくないものが二つある。一つは仏法とは無関係の話、二つ目は自然の感情とは反対の精神論だ。自然の感情とは六根清浄の感情と云い換へてもよい。
マハーカルナ比丘の一月六日の説法以外に、三つの説法をYouTubeで聴いた。まづはアスピレーションを高めろと云ふ話で、これはよくない。経典を引用しないから仏法とは無関係だし、自然の感情とは逆方向の精神論だ。
次に、安全な陸地に留まってゐなさいと云ふ話を聴いた。これも経典を引用しないから内容が空虚だし、実態は精神論だ。最後に、歩く瞑想を聴いて、これは有意義だった。マハーシ・セヤドーの歩く瞑想は足が速い。実際にセヤドーが歩くところを映した。足に神経を向けず、息に向ける、とマハーカルナ比丘から説明があった。
参拝者が望むのは、歩く瞑想のやうな法話だ。それ以外の二つが精神論になってしまったのは、上座部仏法の伝統を離れてしまったからだ。

十一月三日(土)
先週参加して気付いた点は、(1)数珠を使ふ、(2)カティナ法要の時に「原始仏教の総本山」と書かれたカード型のお札を授与、(3)授与のときに真言宗の仏具で祈祷、の3つだった。
三つのどこが問題かと云ふと、マハーカルナ比丘が認定したものは大乗を取り入れて、それ以外は上座部を用ゐる。それではマハーカルナ教になってしまふ。
カード型のお札に仏歴2651年とあり、原始仏教トークのポスターにも2651年とあった。正しくは2561年だ。参学者の代表と副代表は若い人たちで、人員不足は否定し難い。
上座部のお寺に出入りする人たちや仏法に興味のある人たちが、気軽に参加できる。そんな原始仏教トークに戻す必要がある。一番よいのは、上座部の比丘として再び戒律を受けることだ。
上座部の重しが取れると、あとはマハーカルナ比丘の任意のままに、紐の切れた風船のやうにどこへでも飛んで行ってしまふ。上座部の比丘として戒律を保ったまま、原始仏法を追求し、将来数百人の規模になれば、スマナサーラ長老もうかうかしてはゐられない。ゴータミー精舎が寂れてしまふから改革を進めることになり、それがスリランカに逆輸入され、上座部全体に良い効果をもたらす。(終)

追記十二月十六日(日)
その後、マハーカルナさんの講演をインターネットで観て、この発言(僧侶の評価が二転、三転、四転した話マハーカルナさんの間違ってゐる部分)だとマハーカルナさんの講演には参加ができなくなった。
発言内容だけではない。大乗仏道の習慣と混合する部分があるため、どこまでが上座部仏道の伝統なのかが判らず、価値を著しく損なふことになった。

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