千二百二十九 平岡聡著「大乗経典の誕生」(評価が二転)
平成三十戊戌
十一月十四日(水)
平岡聡著「大乗経典の誕生」を読んで、その低級な内容に驚いた。最初この書籍を図書館から借りた時は、大乗仏法発生の経緯を記したものだらう。かなり期待した。それなのにひどい内容だった。まづ序章で
いきなりで恐縮だが、まずは異なった二つの経典の冒頭部分を、いくつか比較していただきたい。
(一)このように私は聞いた。あるとき、世尊は王舎城の霊鷲山に千二百五十人の比丘からなる大きな比丘の集団とともに時を過ごしておられた。
(二)このように私は聞いた。あるとき、世尊は王舎城にあるジーヴァカ・クマーラブリトヤのマンゴー林で、千二百人からなる大きな比丘の集団とともに時を過ごしておられた。
彼らはすべて阿羅漢で(以下19行を略)
前者は原始経典、後者は大乗経典。誰もが即座に思ふことは、後に作られたほうは、前からあるものを真似する上に、後から追加するから量が多くなる。それなのに平岡聡なる男の主張は
この二つの経典を比較した印象はどうだろうか。(中略)X経の出だしが質量ともに沙門果経を凌駕しているのが浮き彫りになる。
と見当はずれのことを云ふ。
十一月十七日(土)
第一章では
初期仏教・部派仏教・大乗仏教という時代区分の問題は、(中略)部派仏教の時代が終わって大乗仏教の時代が始まったという印象を与えてしまう。しかし実際は(中略)「部派」が消滅したわけではない。(中略)よって、海外の研究者は部派仏教のことを、Mainstream BuddhismとかBackground Buddhismと呼ぶ。
ここまで読んで、序章との違ひに驚いた。題を「公立図書館は平岡聡著『大乗経典の誕生』のやうな駄本を購入してはいけない」から、穏健な内容にした。
十一月二十三日(金)
とは云へ、読み進むと不満が次々に出てくる。第二章では小乗涅槃経なる語が出てくる。第一章で小乗は使はないと宣言したのに、もうここでは使ふ。第一章をもう一度読み直すと
大乗仏教を問題にするなら、その対立項は小乗仏教とするのがふさわしいが(中略)価値観を含んだ名前なので、ここではこれを使わない。
なるほど、使はないのは第一章の一部分だけで、それ以外は使ふのださうだ。大乗仏教の対立項が小乗仏教なら、上座部仏法の対立項は大乗仏法ではなく下座部仏法か。下劣な人間、下等な人間を連想する人も多いことだらう。
小乗仏教の語を止めさせるために、最近は上座部仏法、大乗仏法と書くやうにしてきた。しかし下座部仏法関係者に小乗涅槃経など仏教の語が付かない場面で使はれたら効果が無い。
さて小乗涅槃経なる語は存在しない。存在するのはパーリ語の大般涅槃経(マハーパリニッバーナ・スッタ)と、漢訳の遊行経、仏般泥洹経、般泥洹経、大般涅槃経などだ。大般涅槃経は重複するが、大般涅槃経(パーリ語)、大般涅槃経(漢訳)とすれば済む。下座部仏法関係者の云ふ小乗涅槃経が、このうちどれを指すかは不明だ。
十一月二十四日(土)
経典は、特定の目的を持たず、全体を観ることが必要だ。ところが平岡さんは、部派の仏道がブッダの遺骨を崇めたと云ふ目的で、それに該当する文章を集めた。そして
すでに指摘したように、南方上座部は「遺骨=生きているブッダ」と考えていたようであり、(中略)ことさらに新たな仏を求める必要もない。
ここは大きく異なる。ブッダが亡くなったときに、きっと遺品の配分が行はれたことであらう。これはブッダを懐かしみ惜しむ心情の発露であり、宗教的な意味はない。しかし衣など遺品は朽ちる。だから遺骨こそ尊ばれた。これだって宗教的な意味はない。
信者がパゴタを建立しブッダを慕ふのは当然の心情だし、パゴダを建立すればそれを見たり周囲に集まる多数の人々の信仰心が向上する。つまり徳を積むことになる。だから本来は宗教的な意味がないものの、結果として宗教的な意味はある。パゴダだってタイの多くの地域では、あまり建立しないが、ミャンマーではたくさん建立する。地域によって多様性がある。
平岡さんは
大乗仏教発生の背景には、(中略)ブッダの入滅を以て今が無仏の世になってしまったという冷酷な事実認識がある。
だから仏像が現れた。平岡さんは遺骨をブッダとするかどうかで上座部と大乗が判れたとするが、上座部では後に仏像を崇めるやうになる。更に大乗の諸仏も仏像だ。だから遺骨で上座部と大乗の分岐とすることはできない。
十一月二十五日(日)
この本の内容は、宗教誌に投稿すれば済む内容だ。わざわざ出版する内容ではない。平岡さんは京都文教大学の教授を経て、現在は学長。もしこの本を授業で使用し、学生に購入を強制するのであれば、論外だ。
学生に強制することなく出版したのなら、出版社の責任だから特に感想はない。ただし公立図書館は、このやうな書籍を購入してはいけない。(終)
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