千二百十二(その二) 「青空としての私」「仏教3.0を哲学する」を批判
平成三十戊戌
十月二十一日(日)
「青空としての私」「仏教3.0を哲学する」は中身のない本だ。しかしこれらの前に出版された「アップデートする仏教」を読まないためかも知れない。さう思って国会図書館まで行ったが、結果は同じだった。どこが悪いかを指摘したい。まづ「青空としての私」の第一章は日本の仏法を批判する。
「あなたはすでに悟っているんだから、ただ坐っていればいいんだよ」とか「(前略)この場所がすでに浄土なんだよ」とか、「あなたはそのままですでに仏なんだよ」と言われても、正直ピンときません。

暑ければ冷房を入れるし、寒ければ暖房を入れる。同じやうに沈んだ心の人には既に仏だと言ふし、自信満々の人には修行が大切だと言ふ。特定の状況での話を如何にも大乗の仏法全体だと主張する。その短絡した思考はよくない。
このあと「葬式仏教」と揶揄されるのは、寺院が心の病院として医療が行はれないためだと云ふが、さうなった原因は江戸時代の寺請け制度と、明治維新の僧侶妻帯が組み合はさったからだ。既に江戸幕府は無いし、明治政府は僧侶妻帯をしてもよいと通達しただけで、強制ではない。ましてや戦後は自由に宗教活動ができるのだから、これらを改善すればよいではないか。すぐに妻帯を解消できないのなら、社僧(妻帯した)にするだとか、子供を互ひに交換して弟子にするだとか弟子を公募するだとか、アパートを借りて僧侶は通ひにするだとか、方法はたくさんある。
山下さんが一人でできないことは判る。藤田さんと組んで二人でできないことも判る。だからと言って仏教3.0などと傲慢なことを言ってはいけない。それでは過去の膨大な数の僧侶、信徒よりも山下さんが優れてゐると宣言したに等しくなる。
三・一一以前の日本の瞑想会は、(中略)情報収集や情報交換をする人が山ほどいたのです。(中略)私はそういう雰囲気があまり好きではありませなでした。

瞑想会に来てくれることは、ありがたいことだ。さういふ問題があるのなら該当者に、比較ではなく集中するやう指導ができるからだ。或いは他より優れた瞑想指導をして固定信者にできるからだ。瞑想会に来ない人には指導ができないのだから、来てくれることはありがたいことだ。

十月二十一日(日)その二
第二章は師匠の内山興正さんについて
「どうやって思いを手放すの?」という問いに対しての答えは(中略)「黙って十年坐りなさい」(中略)十年経ったら「もう十年坐りなさい」と言われました。それが終わると、さらに「十年坐りなさい」と言われました。最初から三十年と言うと、みんなビビるから、最初は十年と言うのです。本当は三十年なんです。そしてもう三十年以上経ってしまいました。

この書き方はよくない。まづ、仏法は嘘つきだと誤解する人が多い。2番目に個人差を無視した。3番目に内山さんが「思いの手放し」と言ったのは山下さんに対してだ(と思ふ。私は内山さんを知らない)。
私は総持寺の日曜参禅会の東老師の四柱会が肌に合った。坐禅と作務が終はった後の質問会だった。「坐禅をすると仏様がいっしょに坐ってくださる」「誰かが亡くなったときに回向で一坐余分に坐る」。この二つの話が役立った。私は坐禅とはタクシーのメーターと同じで一坐やれば一坐分の数値が上がる。しかしいつも1つ上がるのではなく、満足度で0.5になったり0.3になることもある。さう思へば坐禅は楽しいものだ。10年やれば10年分のメーターが上がる。但し1日にたくさんやってはいけない。
私みたいな考へだと、内山老師は「いつまでも坐禅ができると思ふな。今月いっぱいで臨終を迎へると思ってやれ」と云はれたと思ふ。

十月二十一日(日)その三
第三章はまづ
ビルマの瞑想センターは、(中略)共通言語は英語です。

せっかくミャンマーで修行したのに、帰国の後はアメリカ大陸に行き、その後、日本に帰国して還俗する人がゐる。或いはミャンマーの仏教大学で学ぶのに、ミャンマーの仏教に批判的な人にも会った。英語で話すと、或いは書くと、伝へたい情報量が減ってしまふ。相手も聴いたり読んだりするときに減ってしまふ。つまり母国語どほしより情報量は半分に減る。それは内容だけではなく感情や背景も含まれる。
だから日本語で話す比丘を日本の人たちは待ち望んでゐるのに、山下さんは勘違ひして仏教3.0なんて言ひ出した。本人はそれでいいかも知れないが、日本での布教を期待して支へてくれたミャンマーの人たちの善意も裏切った。
英語を通じて(中略)インターナショナル・コミュニティに入れない。ましてや先生ともコミュニケーションできない。(中略)ときどきビルマに行きたいという人から相談を受けることがあるのですが、「えーっ、ちょっと大丈夫かよ」と思ってしまいます。

最後の感想がよくない。その人のことを考へれば事情を説明して真剣に止めるべきだ。それなのに「えーっ、ちょっと大丈夫かよ」と相手を見下した言ひ方をする。これでは指導者失格だ。だから山下さんの続きの話は、対象者が「グル」と「神秘体験」にすがる話になってしまふ。

十月二十一日(日)その四
第四章の問題点は
テーラワーダとマハーヤーナは歴史上、二千年間も対立してきてしまいました。

大乗の仏道は、日本以外では、出家する者はまづ具足戒を受けて、その上に大乗戒を受ける。つまり原始仏教や部派仏教の流れを尊重してきた。対立なんかしてゐない。
次に「仏教3.0を哲学する」の批判点として
慧能さんが五祖の跡継ぎの六祖になるときの話です。(中略)六祖は文字が読めない人、教養がない人ということになっていて(以下略)

ここの問題点は、誰もが跡継ぎだと思った神秀ではなく慧能がなった。つまり二祖から五祖までは神秀みたいな人が後を継いだし、今回も同じだと誰もが思った。ところが慧能だったから、これは極めて稀な出来事だ。それを禅宗の中心思想であるかのやうに扱ってはいけない。
最後に今まで触れなかった批判を列記すると
一番目に、上座部の仏法が広まる国では、仏法は盛んで衰へる気配がない。つまり上座部の国々のやり方が一番よい。とはいへ、日本では言語、気候、習慣の違ひがある。あと、日本では大乗の仏法が広まる環境がずっと続いた。すると大乗の仏法に合ふ人の割合が多くなる。判りやすい例を挙げれば、コレラが毎年流行すれば、長い間にはコレラに強い遺伝子を持つ人が多くなる。仏法も同じだ。とはいへ、日本では徳川幕府が寺請け制度で寺院所属を強制した。しかも儒教が並行して広まった。だから大乗仏法に適した人が多いとは断定できない。まづ寺請け制度を廃止し、その後の対策を考へるのがよい。
二番目に、山下さんと藤田さんの云ふ大乗仏教とは、ほとんどが曹洞宗のことだ。しかし天台宗、奈良仏教にも坐禅があって、本来はこちらが正当の坐禅だった。
三番目に、日本の大乗仏教はほとんどが鎌倉仏教で、これらは日本天台宗が母体となり、それは密教だ。日蓮は密教に反対して法華宗を立てたが、曼荼羅や排他性、他宗批判などやはり密教的だ。そして鎌倉仏教はどこも末法思想の影響を受けた。
四番目に、天台大師の摩訶止観を読むと、上座部と大乗の分け方に再定義が必要だ。
五番目に、曹洞宗で道元の時代は布教が進展せず瑩山紹瑾の時代に急増したのは信徒の側の祈祷への期待だけではなく、修行する側にも安心感があったのではないか。仏教3.0なんて変な主張では心配になる。祈祷もできるとなれば坐禅を安心して修行できる。(終)

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