千百七十八 中村元さん「ブッダの生涯」
平成三十戊戌
八月十一日(土)
竝川孝儀「ブッダたちの佛教」は邪悪な内容が過ぎるので、その口直しが必要だ。中村元さんの「ブッダの生涯」はそれに最適だ。昭和六十(1985)年にNHKラヂオ第二放送26回に亘り放送された。それを東方学院長の前田專學さんが平成十三(2001)年にテープ起こしをした。
中村先生は、一九九九年一〇月一〇日、八六歳の生涯を閉じられて、いまやその肉声を直接お聞きすることはできません。しかし本シリーズは先生の肉声の録音テープから稿を起こしていますので、読んでいる中にさながら先生から直接講義をお聴きしているような錯覚にとらわれます。

ここに中村元さんと前田專學さんの人間性を垣間見ることができる。

八月十二日(日)
まづ1番目は、お経について
ゴータマ・ブッダがだれかに説いたことがらを、口伝のかたちで弟子たちが伝えてきて、のちの人がそれを短い詩のかたちにしてまとめたものです。(中略)そのなかでも『スッタニパータ』がもっとも古く、したがって、ブッダの思想なり、あるいはそのころの人々の生活なりをもっともよく伝えているであろうと、学者は推定しております。

『スッタニパータ』がもっとも古いと云ふことは、釈迦滅後に多少の変化があったことは当然知ってゐる。しかし、詩にまとめたとは述べても、改変しただとかは中村さんは絶対に云はない。この謙虚さが大切だ。そこが、大乗仏教を正当化したいために、パーリ語経典の悪口を並び立てる最近のニセ学者どもと大違ひだ。スッタニパータの引用は、まづブッダの誕生のときに
よろこび楽しんでいて清らかな衣をまとう三十人の神々の群れと帝釈天とが、恭しく衣をとって極めて賛嘆しているのを、アシタ仙は日中の休息のときに見た。

神々の存在は非科学的ではない。当時は、動物だけではなく、天や地上や樹木や家屋にも神々が宿ると考へた。その流れは大乗仏教や鎌倉仏教でも変化なく、日蓮は国全体が法華経を信じないと善神が国を去り悪鬼が神札に棲み憑くと主張した。創価学会も昭和四十七年までこの路線を踏襲した。
神々がブッダの誕生を祝ふのだから、釈迦滅後に作られたお経であらう。そんなことは中村元さんを始め誰もが判ってゐる。しかし釈尊時代にも師匠を慕ふ気持ちがあり、それが続いたと考へるべきで、仏典を尊重できない最近のニセ学者どもは仏教徒とは云へない。
頭が悪いのに学者になるためには、インド哲学や仏教学部が一番だ。或いはインド哲学や仏教学部は世襲僧侶で程度の低い学生が多い。(8月20日追記、2冊のトンデモ本に遭遇して、このころインド哲学や仏教学部の一部人間に対しかなり不満を持った)

八月十二日(日)その二
第二回目は、ブッダの時代は思想が混乱したことから始まる。
この時代になりますと(中略)あたらしい思想家があらわれ出まして、(中略)従前にはなかった唯物論というものまであらわれてきました。
あるいはそこまでいかなくても、一種の機械論的な考え方、つまり(中略)人間なんていう存在は仮のものだ、といった主張が出てきました。そうすると、実戦的にはとんでもない結論が出てくるのです。

実は織田信長の時代と、江戸時代末期以降の日本もこれだ。そして戦後は更にひどくなった。それは
たとえば、「人を殺してかまわない」。(中略)道徳否定論ですね。
それから快楽論。(中略)あるいは反対に進退を苦しめる。(中略)考えるのをやめてしまう懐疑論者もあらわれました。

これに対してブッダは
世の中には、多くの異なった真理が永久に存在しているのではない。ただ永久のものだと想像しているだけである。

ブッダは毒矢の譬へで、生きる道を明らかにすることを人々に教へた。このあと「慈しみの経」「宝」「大いなる幸せを説いた経(第二章四節)」について解説がある。

八月十七日(金)
最後の「解説」に、東方研究会と東方学院のことが書いてある。中村さんの仏典を尊重する気持ち、仏法への熱意を感じることができる。
中村さんが一つ言及しなかったことがある。それは瞑想である。瞑想抜きにこの本を読むと、仏法とは悪いことをしないなど単なる道徳ではないか、と考へてしまふ。瞑想をすることで、悪いことをしなくなるから成仏する。瞑想は天台大師にも大著があるし、曹洞宗、臨済宗もある。大乗仏教も瞑想とは関係が深い。
鎌倉仏教の、阿弥陀仏や法華経を信仰することも、実は瞑想の方法だと気付けば、すべての仏道は同じ原理だと判る。(終)

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