百三十二、労働組合分裂記

平成二十二年
六月二十八日(月) 「労組分裂」
私の所属する関東管理職労組(仮名)が円満に分裂することになった。原因は我々と同じく全国中小連合(仮名)という単産に加盟しているユニオン関東(仮名)の三年前の不倫セクハラ騒動にある。
今回分裂を紹介するのは、不倫やセクハラは防止しないと組織が崩壊するということと、労組の役員も一般の人と変わらないのだと親しみを持ってもらい中小企業労働者の組織率を高めることにある。大企業と中小企業の経営陣に収入格差があるのはかまわない。しかし労働者の賃金格差は許さない。そのために中小企業の組織率を高めようというのが今回の目的である。

六月二十九日(火) 「不倫セクハラ事件」
人間には過ちもあろう。それを悔い改めるのなら暖かく見守るべきである。しかしあの事件関係者はまったく悔いていない。最高幹部のA男は妻子がいるのに専従書記B子と関係し、元最高幹部C男はB子とは親子ほどの差があるのにセクハラをした。週刊新潮の記事によれば相当ひどいことをした。
以前に戦後労働運動史勉強会が毎月あり十数名が参加していた。終了後の懇親会で私が「道徳は必要ではないですか」というと、C男と朝日新聞に勤めているという女性が、あざけるように大声で笑い続けた。何がそんなにおかしいのかそのときは分からなかったが、後日、事件が明るみに出てなるほどとわかった。

六月三十日(水) 「朝日新聞」
C男は笑い続けたあと私のことを「陰謀史観」だという。理由を尋ねてもにやにやするだけで答えない。

朝日新聞にはもう一つある。一昨年に全国中小連合の春闘セミナーがあり全国から品川ホテル(仮名)に集まった。品川ホテルは経営者が廃業を突如発表し、労働組合が自主操業をしていた。そこを借りて集会を開き宿泊もするのは激励の意味もあった。
横浜国大の准教授を講師に呼んだが、言っていることがどうも労組と合わない。しかしせっかく労組のセミナーに来てくれたのだから好意的に質問しようと思うのだが、講演後も懇親会前の待ち時間も、前回とは別の朝日新聞の女性記者がべったりとくっついて離さない。懇親会など私が座っていたら、右隣にその記者が座りその更に右に准教授が座った。質問しようとしても妨害する。
私が、新聞と大学教授を厳しい目でみるようになったのはこのときからである(「97、新聞ファシスト」へ)。

七月一日(木) 「既得権維持勢力との闘い」
戦後労働運動史勉強会では、まず講師が話をする。その後に私は例えば高野実(総評事務局長)と太田薫(総評議長)の路線の違いを質問する程度だから、陰謀史観だと言われる理由はまったくない。外部から介入があったとしか考えられない。

春闘セミナーに来た女性記者は朝日新聞社という組織の命令で来た。なぜなら翌日の新聞に春闘セミナーの記事が載った。
好意的な記事が新聞に載るとなればつい新聞社の言いなりになる。特に議員はそうする。これを繰り返し既得権維持勢力となってしまったのが日本の政党と労組である。民主党もせっかく政権交代したのに、あっという間に消費税賛成派になってしまった。

七月二日(金) 「単産の事務局長人事を巡って」
三年前にA男、B子、C男の不倫セクハラ騒動が明るみに出て、全国中小連合は事務局長のA男を解任するかどうかで蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。会長代行のSさんがA男を強引にかばったため、組織は分裂寸前になった。結局A男は自主的に辞任、Sさんも組織混乱の責任を取って次の定期大会で辞任するということで落ち着いた。
Sさんは馬力があるしマスコミ受けもよい。田中角栄や社会党の浅沼稲二郎と同じく下町声の愛すべき男である。会長代行を辞任の後に単組の書記長に専念するには馬力がありすぎた。

そこで管理職労組とユニオン関東の事務所を統合して一般社団法人を作り、連合、全労連、全労協に次ぐ第四極にするという構想を練り始めた。

七月三日(土) 「一般社団法人」
本来Sさんはもう一度、単産の役員に復帰すればよかった。しかし近年すごく短気になった。すぐ怒鳴るので私の知っているだけでも執行委員が二名組合を脱退した。そのうちの一名は立候補のときに「民族派も一人いたほうがいいので」と挨拶するあの名物執行委員である。あまりの怒鳴り方に民族派までやられてしまった。だから単産からSさんに復帰の声は掛からなかった。そしてSさんは一般社団法人を進めた。

一般社団法人の役員が発表された。驚いたことに三年前の事件で失脚した人が全員復活していた。

七月四日(日) 「年越し派遣村」
関東管理職労組の分裂は、一般社団法人をめぐるH委員長とS書記長の意見対立と、全国中小連合のD事務局長が引きずり降ろされるという二つの部分から構成されている。

三年前の事件でA男が事務局長を辞任した後は、Dさんが事務局長を務めていた。一昨年の年越し派遣村は新聞やテレビでも大きく報道された。あの企画はDさんなどがたまたま飲み屋かどこかで話し合っているうちに出た話で共産党系の全労連も加わり、しかし労組が前面に出るよりは、ということで「もやい」の湯浅誠さんを代表にした。湯浅さんは民主党政権誕生とともに内閣府の参与に任命されたが、Dさんがいっしょに任命されてもおかしくはなかった。そのDさんが先月事務局長を辞任した。

七月五日(月) 「抗議文」
Dさん追い落としは、まず昨年の派遣法改正要求集会で始まった。司会のDさんが、個人的には派遣法に反対だと述べた。参加した女性労組(仮名)も派遣法に反対だと発言した。これに対してユニオン関東の委員長は、我々の立場は派遣法改正だと抗議文を単産の会長に出した。
これはおかしな話である。派遣法は総評解体の直前に作られた悪法だ。廃止が最終目的である。廃止の前にまず小泉改革の前まで戻そうというのが集会の趣旨である。だからDさんも個人的にと断ってから発言している。ユニオン関東はいつから反労働者になったのか。
原因は女性労組の発言であろう。三年前の事件でB子は書記を解雇され女性労組に駆け込んだ。そしてユニオン関東と女性労組は敵対関係になっていた。
ユニオン関東の委員長は単産の会長代行でもある。会長代行が事務局長への抗議文を会長に出すなんて普通の組織では考えられない。三人で話し合えば済む。この時からDさんの追い落としが始まった。

七月六日(火) 「執行委員会その一」
関東管理職労組の三月の執行委員会は異常な雰囲気となった。司会は執行委員一年目の人が突然指名され、この人が自分の意見を言いながらどんどん進めてしまう。委員長から司会は意見を言わないよう注意されても直さない。
関東管理職労組ではすべての組合員は専従の誰かが担当する。Sさんは自分が担当する組合員を大会ごとに少しずつ執行委員に加えてきた。他の専従はそういうことをしないから例えば四年前に「今回はD派が絶滅だな」とSさんが冗談を言ったこともある。だから執行委員会はS派が前もって打ち合わせたとおりに進んだ。「民主主義だ」「多数決を取れ」と叫ぶ人たちもいた。すべての人は民主的な態度が必要である。しかし民主主義を叫ぶ人ほど民主的な態度に欠ける。もっとも独裁主義を叫ぶ人がいたら、これも民主的な態度に欠けるが。

七月七日(水) 「執行委員会その二」
四月の執行委員会は更に異常な雰囲気となった。一般社団法人問題のほかにDさんへの個人攻撃が加わった。ある組合員がストライキに突入した。しかしDさんが何もしないため給料カットのままずっと経過した。その問題をS書記長が取り上げた。このことは専従全体に当てはまる。ある解雇者は別の専従に事件を放置されずっと無給で生活が苦しいという事件もあった。私自身も何回もやられた。夕方約束の時間に組合事務所に行くといないので携帯に電話すると今日は来れなくなったと言われたり、都労委から書類を夕方までに貰ってくるというので会社の帰りに寄るとまだ貰ってきていなかったり、そんなことばかりだった。それでも辛抱したのは、専従は抱えている案件が多すぎることを知っているからだ。それなのにDさんだけが槍玉に挙げられた。
S派が口々にDさんを非難したあげく、着ているレジャー服にけちをつけたり、あんたはアルコール依存症だ、と叫ぶ人までいた。もちろん本当はアルコール依存症ではない。

専従が超過密になった原因は不倫セクハラ事件にさかのぼる。A男をこのまま労働運動から引退させるのは惜しい、とSさんがユニオン関東から引き取り、休眠中だった派遣労組(仮名)を担当させた。派遣労組だけでは給料はほとんど払えないから関東管理職労組の仕事もしてもらうことにした。ちょうど専従の副委員長が肺がんで亡くなり超多忙状態となったためその対策でもあった。ところがA男は関東管理職労組の仕事をしなかった。
翌年にA男に給料を払うことに不満が出た。そのため派遣対策の基金を作りここにユニオン関東と関東管理職労組が折半で毎月支援金を払うことにした。

ユニオン関東は結果としてA男の給料の半分を支援することになった。そしてC男は今でも執行委員である。それに比べてB子は除名の上に書記を解雇。ずいぶん不公平な話だ。

七月八日(木) 「人間関係が安定期に入る前」
Dさんへの個人攻撃は、文化大革命や連合赤軍リンチ事件を思い出させる。しかし「だから共産主義は恐い」と短絡させてはいけない。個人攻撃をしたのは共産主義とは無縁の人たちであった。
Sさんは十七年前に管理職労組の成功で一躍有名になり、全労協全国一般委員長兼全労協副議長となった。ところがトラブルを起こして解任され「俺は共産主義を捨てた」と宣言した。そして連合に加盟した。S派の執行委員は共産主義や社会民主主義とは元々無縁の人たちである。
逆に民商を解雇されたため労組に加入した共産党員のEさんはDさん攻撃には加わらなかった。
今でこそパワハラという言葉が生まれて下火になったが、かつては企業内で上司による嫌がらせや、仲間うちでのいじめが多数あった。資本主義などの近代文明こそが、個人攻撃の源泉である。その理由は人間関係が安定期に入る前に社会を既に変化させるからである。

七月九日(金) 「執行委員会その三」
五月の執行委員会は一般社団法人とDさんのほかに、メールリスト事件という議題が加わった。北海道の労組の書記長が全労協系の組合に出そうとしたメールを誤ってメールリストに投稿し全国に送信されてしまった。内容は管理職労組の分裂さわぎについて、Sさんのやり方は三年前と同じで荒過ぎる、と批判していた。そしてユニオン関東の品川ホテル争議の解決金のいざこざについて書いてあった。
Sさんは怒り執行委員会から抗議文を送ることになった。分裂など起きていない、執行委員会で議論しているだけだ、という内容である。もっとも分裂した今となっては、恥の上塗りとなってしまったが。それにしてもユニオン関東といい管理職労組といい、仲間うちで抗議文を送り合うのが好きな連中である。

品川ホテルの争議では多くの応援者が駆けつけた。強制執行で機動隊ともみ合ったときには東交の組合員が地面に倒れて頭を打ち救急車で運ばれるという事件も起きた。多くの応援者が無報酬、交通費自己負担で駆けつけたのであった。そして会社側は解決金を払うことで決着した。
それなのにユニオン関東は無報酬で参加した多数の善意を踏みにじり、解決金の分配をめぐってもめている。ここで社会主義を放棄した労働組合は何を目的に活動するのか、という問題に突き当たる。

七月十日(土) 「目的を失った労働組合」
かつての社会党総評ブロックの敗れた原因は、自由主義経済か社会主義経済かというデジタル選択を国民に迫ったことにある。
資本主義と言わずに自由主義経済と言った理由は、地球温暖化により化石燃料の消費を停止すれば資本主義はその役割を終える。資本主義とは化石燃料を浪費し易くする手段に過ぎなかったと後世の学者は言うであろう。人類が滅びなければの話だが。
経済が低迷したときは自由経済性を強め、貧富の格差が大きくなったときは社会経済性を強める。これはどこの国でもやっているではないか。より社会経済性を強めることを労働組合の目的とすべきである。
このことを忘れると大企業労組は既得権勢力になり、中小労組は単なる力と力の対決になる。十四年前にバーガーキングが日本に進出したときに、日本マクドナルドは低額キャンペーンを実施し、バーガーキングは五年で撤退した。中小労働運動がバーガーキングとマクドナルドの対決と変わらなくなる。そしてユニオン関東では解決金の分配を巡ってトラブルが発生した。

七月十二日(月) 「労組分裂」
関東管理職労組の執行委員会は混乱が拡大する一方なので、H委員長は執行委員会の中止を決めた。後日委員長と書記長が話し合い、円満に分裂することになった。
混乱した一回目の執行委員会の四日後は、偶然委員長と私が労働相談担当だった。もはや分裂以外に解決法がないことは明らかだった。管理職組合は元は全国一般に所属していたから、全国一般の事務所を借りて管理職労組を立ち上げれば、経費が少なくて済むし、(一)組合結成時の所属、(二)委員長が継続、の二つで正当性を主張できると考えた。
しかし委員長はもっと大きなことを考えていた。専従と準専従で書記局を構成している。書記局はほとんどが書記長派だと私は思っていた。
しかし実際にはほとんどが委員長派だった。このとき委員長から総評時代の貴重なお話を伺った。幾つか紹介すると そして新たな事務所を池袋に立ち上げ、二つの組合に分かれた。

賛成反対書記局その他の
執行委員
合計
社団法人反対派5人2人7人
社団法人賛成派2人13人15人


七月十三日(火) 「ユニオン関東の閉鎖性」
一昨年の全国集会で、ユニオン関東の委員長が司会をしたが「質問は一回限りで連続質問は認めません」と言った。あの事件を質問されないようにするためであろう。

その次の昨年の単産の定期大会で、私は大企業単組で人事交流を行うよう連合で主張することを提案した。まず我々の単組間で出向してみようと具体例まで提示した。事務局長のDさんは努力すると答弁し一件落着というときに会長代行でもあるユニオン関東の委員長が「ちょっとまって」とあわてて口を挟み、「そういうことはやりません」と冷たく言った。交流されては困るのであろう。あまりの高圧的な言い方に会長のK女史がその場をとりなして収まった。
日本の労働組合の欠点は会社別組合ということに尽きる。給料を上げるには会社の業績を上げなくてはならない、とQCサークルと変わらない。そして中小企業では業績が抑えられるから組織率が極端に低い。我々は連合に加盟している今こそ、単組間の人事交流を行って連合に模範を示すべきだった。ユニオン関東の閉鎖性が日本の労働組合の最後の再生の機会を奪った。

七月十四日(水) 「マルクスは七割」
マルクスのいうことは七割正しい。キリストやムハンマドや、日蓮、法然、親鸞、道元の言うことも七割は正しい。三割欠ける理由は時代が変化したためである。偉人はその時代の行き過ぎを平衡させようとしたのであり、今と当時は行き過ぎの内容が異なる。

そして今、西洋文明が地球を滅亡させようとしている。地球を守るにはイスラム教、ヒンドゥー教、儒教道教神道、仏教、キリスト教、共産主義の団結が必要となる。

労働組合はマルクスを十割信じてはいけない。それではセクト化する。十割捨ててもいけない。それでは不道徳となる。

七月十五日(木) 「労働運動から見た不道徳社会」
日本という一つの社会も一九八十年代に不道徳で崩壊した。労働組合が既得権団体となったときである。大手組合は隠しベアを行い、国鉄ではゴマをする者がJRに採用されるというとんでもない不道徳を行った。このとき日本社会は崩壊したのであり、円高はその後の話である。
長かった国鉄争議もやっと解決した。すべての労働組合は今こそ一九八十年以前に戻るべきだ。そして労働組合は社会再生の先頭に立つべきだ。一昨年の年越し派遣村はその第一歩となった。


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