百三十一、新聞の横暴を許すな(消費税)

平成二十二年
六月十五日(火)「消費税」
読売新聞は消費税増税に賛成が66%という記事を載せた。しかしよく読むと財政再建や社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思う人は66%で、単純に消費税増税が必要というわけではない。
財政の心配は国民全体にある。しかしその方法が問題である。消費税の増税で誤魔化そうとする勢力があり、新聞社はその一つである。

六月十六日(水)「『中の上』を元に戻すことから始めよ」
昭和六十年あたり以降に行われた税制改革では、所得税の最高税率を引き下げるとともに『中の上』も引き下げられた。引き下げる理由は、収入が上がるにつれてこの層に増税感が強くなるということと、『上』を下げたから連動してこの層も下げた、というようなことが当時の新聞に載った。今回、所得税の最高税率を上げる際は、『中の上』も元の水準に上げることが必要である。
『上』は努力した人が多い。人数も人口比でそれほど多くはない。所得が安定していない人も多い。『上』よりも『中の上』の税金を以前の水準に戻すことが重要である。
それを阻害する勢力は、一に高級官僚、二に大学教授、三に新聞社である。これらは社会の役に立っていないくせに、世の中をうまく立ち回り自分たちが得するよう政策を仕向けてきた。大学教授を入れたのは、税制調査会の専門家委員会(委員長・東大名誉教授神野直彦)が消費税増税の中間報告案をまとめたというニュースが報道されたからである。内容よりそのタイミングの良さに驚く。

六月十七日(木)「日本の新聞は三流または四流」
今回この特集を組んだきっかけは、朝日新聞がホームページに世論調査の結果、消費税賛成が多数という記事を載せ、その日の夜に読売新聞も同じような記事を載せた。朝日と読売が世論工作を始めたことが明白になった。朝日は翌日になってホームページの記事はトーンダウンさせた。
日本の大手新聞はどこも偏向が酷い(「103、新聞の偽善、反社会性」へ)。読売は拝米、朝日の主筆はアメリカのシンクタンクと深く関係している上に英語公用語を唱え、毎日は安保条約が軍事、経済、社会、文化まで広範に深化した、という男が主筆。これでは日本はおかしくなる。
ホームページの報道では時事通信が優れている。公平に事実のみを伝えている。比べてみるといかに日本の大手新聞が偏向しているのか分かる。CIAの工作に乗ったのか、それとも官邸機密費をもらったのか。
そして日本の新聞の最大の欠点は、自分たちの既得権を守ろうとすることである。それが今回の消費税報道に現れた。

六月十九日(土)「中の上を優遇してはいけない理由1」
中の上を優遇してはいけない。カローシの原因だからである。もーれつサラリーマン、長時間残業、サービス残業、過労死という言葉が生まれた。そして過労死はカローシとして世界中に知られた。
中の上になるにはこれらを続けなくてはならない。サービス残業は残業手当の未払い、つまり雇用側による金銭窃盗である。サービス残業まで行う日本人について、西洋人は「我々とは違う」と感想を述べ、日本の経済学者は何ら対策を立てられなかった。ここでも日本の学者がまったく役に立っていないことを示している。

六月二十日(日)「一律の企業減税に反対」
企業減税は経済に貢献する企業にのみ行うべきだ。新聞社は大手が三社、準大手が一社、地方紙が各県に概ね一社ずつ。完全な独占産業である。こういう産業は経済に貢献しないから法人税を今より上げるべきだ。七十%くらいが適正であろう。
法人税を下げろと主張する人は、外国の都合のいい部分だけを比較している。特に経団連である。外国ではサラリーマンは労働者、役員は経営者と区別されている。日本のようにサラリーマンが「中の上」になり更に役員になる例は外国にはない。このような会社は正式の企業とは言えないから増税すべきだ。六十%くらいが適正であろう。
起業した者と「中の上」が役員になった者は区別しなくてはならない。後者には高い所得税を適用すべきだ。収入の安定している高額所得者にも高い税率を適用すべきだ。
外国の税率を真似するにはまずこれくらいはすべきだ。

六月二十一日(月)「ビフテキ声に投票してはいけない」
同時進行中の「百三十、西洋音楽が日本を、戦前は軍国主義に、戦後は退廃した属領に導いた」のために小島美子さんの「音楽から見た日本人」を読んでいたら、面白いことが載っていた。小島さんは山の手と下町では発声に差のあることを発見し、バタ臭い声を山の手声、下町のおじさんの声を下町声と名付けた。 同じことを俳優の宇野重吉さんも見つけてビフテキ声、タクアン声と名付けた。以下、小島さんは宇野さんの用語を用いて

「田中角栄の声はタクワン声でいかにも古い体質。越後の村にしっかりと根っこがある。中曽根康弘は欧米志向が強いらしく、ビフテキ声風だ。それと関連するのか、地元群馬での得票率は意外と低い。このように声から見ると、その人の本音がわかる。投票のときに困ったら、政治家の声判断をどうぞ。」


ビフテキ声に投票してはいけない。それでは国が滅びる。消費税もいけない。西洋には合っても日本には合わない。

六月二十二日(火)「まず一回人件費を削減してみよう」
消費税の増税は絶対に認めてはならない。国債の増加も認めてはならない。事業の縮小も認めてはならない。まず一回公務員の人件費を節約してみよう。民間企業では一回どころか今までずっと行ってきた。一般職員の給料を下げるのはかわいそうだから幹部を下げてもいい。大臣と副大臣がいるのに事務次官は無駄だから廃止してもいい。審議官や参事官も同じである。

労働運動から見てもこれは正しい。以前は毎年春になると国鉄や私鉄がストライキで止まった。しかし多くの国民はこれを応援していた。社会主義(社会党左派と共産党)、社会民主主義(社会党右派)、民主社会主義(民社党)という違いはあっても、国民のためになるからである。国民の支持を失ったのは昭和五十年以降であろう。今の官公労はどうか。なだれ込み戦術と称して全民連合と合併しても大企業社員組合の体質は変わっていない。池田勇人と太田薫の合意は無効となった。なぜなら太田薫は社会主義者として合意した。そして国民は首相と社会主義者の合意を歓迎したからである。

統計学から見てもこれは正しい。確実性が高いものと低いものを同等に扱ってはならない。定期預金とワラント債の利率が同じということは絶対にない。
経済学から見てもこれは正しい。公務員の希望者が多いときは給料を下げ、希望者が少ないときは上げるべきである。

六月二十三日(水)「国家公務員退職管理基本方針」
二十年ほど前だろうか。労働省(当時)の幹部の著述した就業規則の作り方の本に、解雇理由の最後に「その他」を入れておくよう書かれていた。会社が解雇し易くするためである。労働省というのはとんでもない役所だと思った。五十歳代の或る友人は、IT企業に勤めていたが昨年会社が倒産し、まだ就職できていない。どこの会社も年齢で門前払いするらしい。失業保険には上限があって一日七千六百八十五円、月にして約二十三万円である。扶養家族がいたらこの金額ではとうてい生活できない。
昨日、国家公務員退職管理基本方針というものが閣議決定された。出向という在職天下りを容認し、次官や局長レースに敗れた高級官僚の受け皿として上級の専門スタッフ職も設けるという。そんなもの必要ない。「その他」の理由で解雇し、あとは一日七千六百八十五円でよい。もちろん本当にいいとは思っていないが、日本の労働行政に従えばそうなる。まず官僚が労働行政に従うべきだ。
だいたい次官や局長が発令されるとその同期が退職して天下りするという慣習は明治以来の堕落の産物である。日本が先の戦争に敗れたのは、軍部が戦争の最中に先輩だ同期だという人事を行っていたからである。部下が自分より後輩ばかりなら楽である。猿でも務まる。サル山のボスをやるより楽だと喜ぶことであろう。こういう制度を続けるなら役職手当は廃止すべきだ。

六月二十四日(木)「官僚主義とは何か」
官僚主義とは、官僚組織にだけ現れるものではない。民間でも倒産のおそれのないところに現れる。新聞社はその典型である。
十五年ほど前だろうか。もう終身雇用制度は崩れた、という記事が新聞に載った。実際には崩れてはいなかった。そのためあの記事を見て解雇を続発した経営者は得をしたし、あの記事を見て解雇をあきらめて受け入れた人は損をした。新聞社は目線が中の上にある。新聞社の目線を国民レベルに下げるには会社分割、再販制度の廃止、テレビ会社との分離以外にない。民主党は今こそマスコミ再編に乗り出すべきだ。

六月二十五日(金)「日本人はカルロスゴーンにはなれない」
日産自動車のカルロスゴーンの報酬の多さが話題になっている。カルロスゴーンの功績を考えればあの額は適正である。しかし日本人であの額をもらう人がいたら問題視したほうがいい。カルロス並みの業績を上げるには悪質な経営が陰にあるだろうし、業績を上げたら上げたでワンマンになり晩節を汚すことだろう。
昭和六十年あたりまでの日本のやり方は間違ってはいなかった。プラザ合意ののちおかしくなったが、それは円高が原因ではなく西洋の猿真似をしたからである。消費税もその一つである。
カルロスゴーンについて言えば、レバノン系ブラジル人ということで母国語に愛着がない。だからフランス語ではなく英語を多用する。日本人は中学卒業程度の英語で外国人と交流できるなら英語を多用したほうがいいが、そうではないことは明らかである。だとすれば英語の多用は日本にも日産社内にも長期には弊害をもたらす。カルロスの周囲の日本人はカルロスにそのことを教えるべきであろう。


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