八百五 片山杜秀氏「未完のファシズム」批判(その一)
一月三十一日に『片山杜秀氏「未完のファシズム」感想記』を改題

平成二十八年丙申
一月二十二日(金) 読むに至つた経緯
昨年築地本願寺の仏教文化講座で養老孟司氏の講演を聴いた。その後、養老氏の本を五冊ほど読んだ。その中の一冊が、一行ではあつたが片山杜秀氏の本を引用してあつたので、次は片山杜秀氏を三冊借りた。まづは「未完のファシズム」だ。
英米仏の「持てる国」に対し、日本は「持たざる国」で、片山氏は工業力と資源で「持てる国」「持たざる国」に分類する。まづここが私と片山氏で意見の異なる点だ。植民地を持つ国と持たない国で分類すべきだ。歴史の教科書で、西洋列強の領土と人口の図を見たことがあるからこれが正解であらう。
次に、満州占領は資源確保のためだとするが、私は二つの国民感情が原因だと思ふ。一つ目は日露戦争で多数の犠牲者を出したといふ国民感情だ。二つ目は馬賊で死刑になるべき張作霖を助けて親日政権を作らせたのに、いふことを聞かなくなつたからけしからぬといふ国民感情だ。
私は諸悪の根源は21箇条と思ふから、二つの国民感情は不当なものでそれはマスコミに操作されたためだ。しかし片山氏のように、資源確保のため満州占領、更には中国本土攻撃と続いたとなると、それは違ふのではないか。

一月二十四日(日) 第一章から第五章まで
この本を最後まで読み終り、取り上げる価値はないと思つた。しかし石原莞爾を扱つた第六章は間違ひがあるので、再度全体を読み直した。第五章までは
第一章では第一次世界大戦で、日本は高みの見物で成金気分になつたこと、それを徳富蘇峰が叱つたことが書かれる。
第二章では有島武郎の舅が青島のドイツ軍攻略の司令官で、日独の大口径砲の撃ち合ひになつたが、日本が圧倒した。ところが軍事記者の表した書籍には、一ヶ月かけて慎重、つまり臆病に攻撃したと書かれた。
第三章では、参謀本部が冷静に観察し歩兵を減らして火砲を増やすことを見抜いたのに対し、フランス陸軍は超肉弾主義だつた。
第四章ではドイツがロシアをタンネンベルクで破つた戦法を日本の陸軍が信仰し始めた。
第五章で小畑敏史郎が『統帥綱領』に精神主義を持ち込み、しかし彼は一流国の大軍と戦うなんてヴィジョンは捨てていました。(中略)新『統帥綱領』は殲滅戦思想のいわば顕教にすぎなかったのです。その後、皇道派が226事件で失脚し、小畑は予備役に編入させられた。しかし統制派は『統帥綱領』を改定せず、密教の部分が忘れられた。

私が意見を異にするのは

「皇道派」系の人々は(中略)「持たざる国」の経済が仮に景気よく伸長して「持てる国」になったつもりでも、そのときにはアメリカのようなもともと「持てる国」も更なる経済成長を遂げて、よりいっそう「持てる国」になっているかも知れない。
の部分だ。経済が伸長した国の成長は、伸長してゐない国の成長と比べて頭うちになる。それは昭和30年40年代の日本の経済成長が欧米を上回つたことで判るし、平成年間のマレーシア、タイ、中国の経済成長が先進国を上回つたことでも理解できる。

一月二十九日(金) 第六章その一、宮澤賢治で始まる
第六章は石原莞爾についてだが宮澤賢治の銀河鉄道の引用で始まる。

天上へなんか行かなくたっていゝぢゃないか。ぼくたちこゝで天上よりももっといゝとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が云ったよ。
ジョバンニはタイタニック号の犠牲者三人と乗り合はせる。三人は天上に行くためサウザンクロス駅で降りることになつてゐる。ところが男の子が降りたくないと云ひだし、ジョバンニが男の子を応援したため、家庭教師の青年や女の子と宗論になる。そのときの言葉だ。「僕の先生」とは田中智学のことだと日本近代文学研究者の上田哲は指摘してゐると片山氏はいふ。この内容が四ページ続いた後に、法華経についての三ページに入る。

仏教の出発点の思想からすれば、現世はあくまで穢土(えど)であって、そこにとどまる限り人間は四苦八苦する以外にありえません。悟りを開き成仏するとは此岸を超越して彼岸に渡ることです。
これは正しくない。上座部仏教も大乗仏教も、よいことをすれば御利益があるし悪いことをすれば罰がある。良いことの最大は涅槃だが涅槃だけを目指すのではない。

ところが『法華経』はさにあらず。(中略)あくまで現世にとどまりこの世の悪と対決するのです。
その時代の背景を考へないといけない。現世に失望する人が多ければ浄土志向が強まるし、現世への関心が強ければ現世志向になる。しかし前者は現世を捨てたのではないし、後者は死後を捨てたのではない。阿弥陀仏の力は現世にも働くし、法華経の御利益は来世にも働く。
片山氏は、『法華経』と末法思想と日本主義の三位一体こそが田中智学の思想世界なのです。とするが、法華経と末法の関係を日蓮が再定義したことは七百年前から判り切つた話で、天台教学との差異はずつと研究され尽されてきた。この文章の前に日蓮は法華経と末法思想を鎌倉時代の中で生々しく結びつけたのです。とあるから、そのことは片山氏も判つてゐるはずだ。それなのに三位一体などと云ふから本質が見えなくなる。
私が田中智学を前に調べたところ、日蓮教学の解釈と、天皇賞讃は独立して主張してゐる。つまり明治といふ時代に合はせて布教したので合つて、二つが一体、つまり影響を与へ合つたことはほとんどない。

一月二十九日(金)その二 第六章その二、時代に合はせた主張は本質ではない
時代に合はせた主張は本質ではない。片山氏はそこを間違へた。だから

まず智学の日本論を眺めてみましょう。
 日本の文明といふものは、実質が無いと言ても可(よ)い、日本は文明を造る国ではなくて、世界の文明を整理する国である、(以下略)
 日本はそれ自体では何者でもないと智学は言うのです。個性ゼロの無内容な国ということです。
明治時代は西洋から科学技術が急速に流入した時代だから、田中智学もかう云つた。今の時代には当てはまらないし、本質ではない。それよりこの文章を引用するところを見ると片山氏は西洋かぶれのところがあるのではないか。

日本は個性に乏しいが綜合し細工するのは上手。もしも単にその程度の話なら智学の思想は「和魂洋才」とか「折衷主義が得意」とかいった、明治から今日までにありがちな日本文化論とあまり変わりません。しかし違います。(中略)世界統一のための最終戦争に日本が勝たねばならない。(中略)話はそっちの方角に広がるのです。世界征服を企む危険な侵略思想のようでもあります。
これは米ソ冷戦終結の前までを知らない戯言だ。江戸時代から明治に掛けては西洋列強が世界中を植民地にして行つた時代だし、大正時代は第一次世界大戦といふ人類が今までに経験したことのない大変な戦争が起きた。世界が一つに統合されるであらうことは予想できた。
昭和の第二次世界大戦とその後の米ソ冷戦も、いづれどちらかに統合されるだらうと予想されだ。昭和50(1975)年までは共産主義側が優勢だつたがその後は形勢が逆転し、平成三(1991)年にソ連は解体した。片山氏の議論は平成三年以降の結果が判つてからのもので、危険だの侵略戦争だのと断定することは間違つてゐる。田中智学の時代は米英仏独伊のほうが危険だつた。

(追記二月四日(木)
養老孟司氏の本を五冊読んだのに特集を組まなかつた理由は、養老氏の本に取り上げる価値がなかつたからではない。昭和四十年代の左翼運動を農村思想と捉へたのは同意見だ。このように考へる人は少ないので貴重な発言だ。これを理論で説明すれば、左翼も農村も当時の資本主義の偏差を補正するものだ。
楳図かずお氏との対談は、有益なことがたくさん書かれてゐる。日本語の特性について論じた部分は重要だ。
養老氏の戦前への感想が初期の著書と最近の著書で変化したことも印象に残つた。GHQに洗脳された世代がマスコミを占めると、養老孟司氏ほどの人でも影響を受けるのかと思つた。プラザ合意以降、日本は俄か成金になり、世の中が変はつた為かも知れない。
養老氏の著書五冊で特集を組んでも量が足りない。だからいつか養老氏の著書を引用する本に出会つたときに、養老氏も取り上げてみようと思ふ。)


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