七百八十九 駄文かつ偏向(朝日新聞批判その二十、マスコミの横暴を許すな49)

平成二十七乙未
十二月二十七日(日) 二十七日の政治断簡
社会破壊拝米新自由主義反日(自称朝日)新聞二十七日のコラム「政治断簡」は駄文でしかも偏向してゐる。普通は駄文(中身が無い)か偏向(中身は有るが偏つてゐる)のどちらかだ。あと普通(中身が有つて偏向してゐない)といふのもあり、ほとんどの文章はこれだ。それなのに、駄文と偏向の両方に該当するのだから驚く。書き出しから
今年最後のコラム執筆にあたり、今年20日の日曜日、新幹線で京都駅に降り立った。/そこで耳に飛び込んだのは、「レゲエの神様」こと故ボブ・マーリーの名曲「Get up,stand up」の一節だった。英文は少し長くなるので和訳しよう。/「立ち上がれ 君の権利のために 立ち上がれ 闘いをあきらめるな」

書いた人は編集委員を名乗る。自分の名前と顔写真を載せてあるが、こんな駄文に顔写真まで付けて恥ずかしくないのか。まづ多くの読者は、こんな文章を書きに東京築地の朝日新聞本社から京都まで新幹線で行つたのか、と呆れる。次に、こんな無駄遣ひをするなら新聞の消費税減免は中止すべきだ、と思ふ。

十二月二十九日(火)
これは、若者があげたデモのコール。今年の印象に残ったトピックといえば、やはり安全保障法案に反旗を翻した若者デモだ。この日、関西の学生団体「SEALDs KANSAI」が率いるデモ隊が京都を練り歩いていた。

最初の「これは、若者があげたデモのコール。」で先頭から12行目。ここまで読んで何を主張したいのか分らない。この編集委員なる男は、単に騒いで社会を破壊したいだけだと判る。
その次の行で安全保障法案が出て来る。しかし安全保障法に反対するでもなく、若者デモに賛成し、それがたまたま安全保障法反対だつた。コラムからはさうとしか考へられない。それにしても社会破壊拝米新自由主義反日(自称朝日)新聞の、SEALDsへの肩入れは異常だ。とかくマスコミで報道されると、それだけで有頂天になるが、マスコミがどういふ意図で特定の運動に肩入れするか、冷静に考へたほうがよい。世の中にはいろいろな集会やデモがある。ほとんどは報道されない。それが普通だ。それなのに何回も報道されるには裏がある。この現象を私は最近、マスコミに踊らされる人たちと表現してゐる。
私も若い頃、個人の自由と平和を願うレゲエが好きで、よく聴いた。

この解釈は間違つてゐる。Wikipediaによると、レゲエは反抗の音楽と云はれ
その理由はレゲエの歌詞はしばしば社会、政治、物質主義、植民地主義などへの批判や反抗を主題とするからである。これはジャマイカ国民の90%以上が黒人奴隷またはマルーンの子孫であることにより醸成された疎外感や抵抗の歴史、ラスタファリ運動とキリスト教バプティスト派の宗教的影響が大きい。

とある。マルーンとは同じくWikipediaによると
アフリカからアメリカ大陸に連れて来られた最初の奴隷が逃亡し、山中で武装し、自給自足の生活を送った集団を指す。各地によって異なる事情があるため、全く違った文化が見られるが、共通しているのは、アフリカ文化の伝統をコミュニティーにおいて継承した点と、それぞれの地域で白人の支配者と闘い、奴隷解放運動に寄与したという点である。(中略)19世紀から森林の開発が進むと、ガイアナやスリナムといった国においてもマルーンの共同体はしばしば消滅し、町に降りて都市化した生活をするマルーンも増加傾向にある。しかし、現代においても、ジャマイカなどの一部のマルーンは山中のコミュニティで生活しているという。

物質主義、植民地主義への批判は同感だ。私のホームページには物質主義、植民地主義への批判が常に流れてゐる。ここで植民地主義とは、現在においては西洋文明の他地域への押し付けを含む。社会、政治への批判はこれらが物質主義、植民地主義だからだ。ところがこの編集委員なる男は「個人の自由と平和を願うレゲエが好きで、よく聴いた」と見当違ひのことをいふ。

十二月三十日(水) マスコミに踊らされる人たち
社会破壊拝米新自由主義反日(自称朝日)新聞に踊らされたのは、SEALDsのあと野田聖子氏、石破茂氏と続いた。石破氏は移民発言の後、朝日新聞に登場したがすぐ下火になつた。本人が危ないと気付いたのかも知れない。石破氏の次は誰になるか。(完)


朝日新聞批判、その十九(マスコミの横暴を許すな48)朝日新聞批判、その二十一(マスコミの横暴を許すな50)

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