七百六十三 1.消費税増税を中止し、ゴミ憲法を改正しよう、2.森永卓郎氏と高橋洋一氏の主張を紹介

平成二十七乙未
十月三十日(金) 免税の代替案
消費税の免税内容について公明党と自民党内新自由主義派の攻防が続いてゐる。自民党内新自由主義派だけではない。一部のマスコミが消費税免税は高額所得者優遇につながるといふ奇妙な説を流してゐる。だとすれば大変である。消費税免税は消費税といふ悪税の逆累進性を補正するためのものだ。だつたらこの際、消費税増税そのものを永久中止すべきだ。

十一月二日(月) 森永卓郎氏の講演
最近行はれた或る講演会で、森永卓郎氏は消費税が10%に上がる直前に安倍首相は記者会見を開き、増税は中止することになりました、と発表し内閣支持率が大きく上がる、と予想した。私もこの予想が当たることを期待してゐる。

十一月三日(火) ゴミ憲法 ゴミでも一応 憲法だ
憲法を護れといふ言葉がある。これは憲法に従へといふことだ。例へば信号を護れといふのは信号を無視するなといふことだ。信号機の下で消防団員や自治会役員が、信号機の電球を盗まれはしないかと見張ることではない。
ゴミ憲法は一応は憲法である。だから従はなくてはいけない。しかし人類史上最悪の戦争犯罪人のトルーマンとマッカーサの押し付けたゴミである。だから改正すべきだ。まづは小さなところから改正しよう。全面改正すべきかどうかは次世代に任せればよい。

十一月四日(水) 大正時代の護憲運動
明治憲法は欽定憲法だから、改定運動の起きるはずはない。今考へると変な話で、薩長幕府の作文にも関はらず天皇の名で公布するから改定できず、後に統帥権問題で混乱することになる。今問題にするのはそのような高度な話ではなく、明治憲法を改定しようと主張する人はゐなかつた。つまり大正時代の護憲運動は憲法に従へといふことだ。

十一月六日(金) 戦後の護憲運動とその変質
戦後の護憲運動も憲法に従へといふことだ。しかも従ふのは九条の軍事力禁止と戦争放棄の部分だ。だから自衛隊違憲をずつと云ひ続け、社会党末期には自衛隊は違憲だが法的に存在と云ひ出した。そのような社会党だから、当然のことながら九条を改正することには反対だし、他の条文を変へるとそれが前例になつて九条も変更されると困るといふことで反対してきた。結果として、人類史上最悪の戦争犯罪人トルーマンとマッカーサに押し付けられたゴミ憲法が無修正のまま今日まで存在することになつた。
社会党が九条に固執した理由は、中国内戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争と続くなかで、アメリカの命令で作られた自衛隊に反対だし、国内に米軍基地が存在するからだ。ところが村山が自衛隊と日米安保条約を認めた後は、平和運動が変質した。欧米の植民地支配は正しいが日本は間違つてゐたといふ奇妙なものになつた。

十一月十日(火) 政府機構と無関係の条文は廃止しよう
かつて争点となつたのは九条だけだつた。自民党は自主憲法、社会党と共産党は社会主義、民社党は民主社会主義、公明党は国立戒壇と新社会主義を目指したし、そもそも国民と関はるのは法律である。また、人間関係は社会と慣習が決める。憲法は関係なかつた。
この際、政治の運営と無関係の文章は憲法から除去したほうがよい。九条は政治の運営だから存続する。しかし九条を普通に読めば自衛隊は違憲だから、自衛力は持てることを追加すべきだ。

十一月十一日(水) 高橋洋一氏の主張
高橋洋一氏がDiamond onlineでよいことを主張した。以下引用すると
表では決して言わないが、財務省は、選挙で政権を潰してでも消費再増税をしたいと思っているだろう。官邸は、選挙で負ければ政治家はただの人になるので、是が非でも勝ちたい。そのためには、国民生活に影響のある消費再増税に慎重になるわけだ。
官邸のスタンスをポピュリズムであるとは言い切れない。経済に打撃を与える経済政策は何のためであるかさっぱりわからない、財務省の増税至上主義は、経済を無視した間違った経済政策であるとも言える。
実際、2014年4月からの8%への消費増税は、経済を失墜させたという意味で失敗であった。しかも、消費増税に賛成した多くのエコノミストや経済学者は財務省の言いなりで、その影響は軽微であると経済見通しをまったく誤ってしまった。これではエコノミストや経済学者として失格で、もはや誰も信用していない。

全部賛成である。その一方で軽減税率には問題がある。
まず、軽減税率の一般論である。欧州では導入されているが、経済学理論として見れば、軽減税率はそもそも対象品を購入する豊かな者へも恩恵があり、弱者対策に特化できない。その上、実務上は軽減税率が適用される対象と非対象の区分けが難しいし、税務官僚に裁量の余地が大きすぎるので、弱者への負担軽減策としては、給付金(給付付き税額控除)のほうが望ましい。
これは、経済理論としては正しい。このため、欧州でも軽減税率の見直し議論もあるくらいだ。こうしたことを根拠にして、軽減税率の不合理を言うエコノミストや経済学者もちらほら出てきている。

さて財務省には問題が多い。
歳入庁にも言及したい。
社会保険料は、法的性格は税と同じであり、社会保険料と税は同じ機関で徴収するのが、行革にもなるし、徴収効率が増すので、世界の常識になっている。これが「歳入庁」だ。
海外では、米国、カナダ、アイルランド、イギリス、オランダ、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ハンガリー、アイスランド、ノルウェーが、歳入庁で税と社会保険料の徴収の一元化を行っている。東ヨーロッパの国々でも傾向は同じで、歳入庁による徴収一元化は世界の潮流と言ってよい。
しかし、この常識は財務省には通用しない。国税庁の人事が財務省の裁量で自由にできなくなるからだ。かつて筆者が大蔵省にいたとき、1998年ごろのイギリスで、従来の社会保険料徴収機関と国税徴収機関がバラバラであったのが、まさに「歳入庁」としてあっという間に統合された。あまりに見事な手法だったので、経緯を当時の大蔵省にレポートしたら、その事実を口外しないように言われて驚いたものだ。

高橋氏の結論は題にはつきり書いてある。
不毛な軽減税率批判より 消費増税凍結、インボイスと歳入庁が先

高橋氏の主張に100%賛成である。

十一月十二日(木) ゴミ憲法を改正しなくてはいけない理由
ゴミ憲法を改正しなくてはいけない理由を二つ挙げよう。まづは不要な所への労働三権の付与である。使用者側の不当な行為があるから対抗として労働三権がある。ところが憲法に記載するから不要な所に既得権としてニセ労組が残存する。ニセ労組が必要か不要かはユニオンショップと組合費天引きを禁止してみれはすぐ判る。(なを十年ほど前に少数組合から団体交渉権を取り上げる議論があつたが、これは本末転倒である。少数だから不当な扱ひが生じる。今は労働内容が細分化したから本来労働組合は少数派しか生じない。これも民主主義を多数決と短絡させたゴミ憲法を狂信する連中の発想である。)
二つ目の例として、労組対策として会社を廃業した場合の是非である。常識で考へれば悪質な行為である。ところが憲法の職業の自由を根拠に合法とされた。この二つの例で明らかなように、世の中の常識と慣習で物事は決めるべきで、憲法を規範にしてはいけない。(完)


(消費税反対その八十五)(消費税反対その八十七)

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