七百四(その六)、三原正資師「作家Xの宇宙−3.11を超えて−」

平成二十七乙未

七月二十三日(木) 三原正資師「作家Xの宇宙−3.11を超えて−」その一
三原師の金曜講話には深く感謝してゐる。詳しくは著書の「作家Xの宇宙−3.11を超えて−」、僧X宗新聞にも載つてゐると話された。そこで私は僧X宗新聞の平成二十四年を全部読んだ。時間があつたのでと二十三年も読んだ。僧X宗新聞は歴史資料として貴重なことに気付き別の日に昭和四十二年から四十五年までを読んだ。といふことで三原師の講演がたくさんの学習機会を与へてくださつた。そして先日「作家Xの宇宙−3.11を超えて−」を読んだ。まづはしがきに
作家X(一八九六〜一九三三)は一八歳のとき、宗教遍歴のなかで『漢和対照妙法蓮華経』と出会った。(中略)ほどなく彼はX経の教えを最高究極のものと確信した。その感動は「雨ニモマケズ」手帳のなかにひそかに遺された短歌
塵点の功をし過ぎていましこの/妙のみ法にあひまつりしを
にもうかがえる。/作家Xがのこした「銀河鉄道の夜」や、生前出版された『注文の多い料理店』等の童話は、「法華文学ノ創作」と同「手帳」に記しているように、X経の教えを人びとに伝えるために書かれたものである。彼の作品は二〇世紀に創作されたX経といってもよいのではないかと思う。

私も三原師に同感である。正しく云へば今回のシリーズを書くにあたり作家Xの信仰はトシの死でかなり冷めたものになつたと書き、一方で桐谷征一師のX経の展開といふことで、冷めたといふ表現より展開としたほうがよいと気付き、この時点では三原師の意見とも同じだが、昨日分銅惇作氏の「作家Xの文学とX経」を読んで、作家Xは布教を目的とせず既に僧Xを信仰する人、或いはこれから信仰するであらう人にX経を親しんでもらふために書いたのだと気付いた。

七月二十四日(金) 三原正資師「作家Xの宇宙−3.11を超えて−」その二
第一章でデクノボーについて書かれたのちに、三原師は第二章で
・明治以降の仏教学者が霊魂を否定するようになつたのは、彼らがイギリスやフランスやドイツに留学して、西洋の近代主義的な仏教解釈の洗礼をからです。
・「人はどこから来て、どこへ行くのか」という私の煩悶に答えてくれたのが、作家Xの作品だった。(中略)私は浅野の紹介する『銀河鉄道の夜』から魂の不死というメッセージを受けとり、「いのちの体験」の過程で感じた死の恐怖をのりこえることができたと思う。

次に山折哲夫の「わたしが死について語るなら」を引用し
・「雨ニモマケズ」は「死の恐怖を乗り越えようとして必死になっている作家Xの心の叫び」だという。

それに対し三原師は
・私は浅野晃の『雨ニモマケズ」を読んで、作家Xの諸作品は「雨ニモマケズ」を含めてX経を信仰した彼が死の恐怖をのりこえた証しを示したもの、と受け取っていたように思う。

と書く。思うと書くのは三原師が二〇歳の当時の話だからである。私も三原師に同感で死の恐怖などはなかつた。ただし今生にやり残したことへの未練があり、それが「雨ニモマケズ」になつたと思ふ。次に「としの手紙」に
・人の身体はなくなり候ても自分の魂はいつまでもあるものと私は信じ居り候。(中略)それなら私はこの世に於いてよい事のみをなしたるかと、よくよく考へ候時、どうしても恐ろしくてたまり申さず候。朝起きてより夜寝るまで一つとしてよき事はなさず候。

これについて三原師は
古人(いにしえびと)と同様に「自分の魂はいつまでもあるもの」として「死後の世界」を信じるトシの姿は、私にはむしろ、うらやましい。

と書く。一回目に死後の世界を信じられるか金曜講話で話されたときは、正直で好感を持てたが二回目に読むと三原師の主張に疑問を持つようになる。

七月二十七日(月) 僧X宗現代宗教研究所所長としての三原正資師、その一
宗務院で国際布教に携はつたり、僧X宗現代宗教研究所で海外の研究者と交流すると仏教を西洋流に解釈しがちになる。三原師は平衡感覚に気を使ひその点では安心である。とはいへ世界中を西洋文明が圧倒し、特に米ソ冷戦が終結して以降アメリカの日本への圧力が露骨になつてから、この点は注意をする必要がある。三原師は第一章の冒頭で
多くの人にとって作家Xは身近な存在である。だれもが一度は「雨ニモマケズ」を口にしたことがあるに違いない。かつて、時の総理大臣・小渕恵三が、施政方針演説に『銀河鉄道の夜』の一節/なにがしあはせかわからないです。ほんたうに(以下略)/を引用し話題になったこともある。

私はかつて英語を勉強したこともあり親米派だつた。反米に転じたのは朝日新聞の船橋洋一の「英語公用語」といふ著書の広告を見た瞬間である。それまでは私の勤務する会社の離職率の高さから外資系に転職しようと考へてゐた。これ以降、外資系転職はまつたく考へなくなりあと半年で定年を迎へる。それほど船橋の主張は許し難いものだつた。その後、小渕恵三首相指摘懇談会が英語第二公用語を発表するに及び小渕にまで飛び火したが、小渕恵三が英語第二公用語を主張した訳ではない。しかし三原師が英語公用語に何とも思はなかつたのかと少し疑問に思ふ。次に
一九九六年に王敏(ワンミン)(一九五四年生れ)が『謝々!作家X』(河出書房新社)を出版している。(中略)『雨ニモマケズ』は私に日本文化と日本人の心を教えてくれた。(同 文庫本あとがき)/かつては敵対していた隣国・中国の日本文学研究者から、このように讃えられた作家Xの「雨ニモマケズ」をね、むしろ、私たち日本人こそ再び学ぶ必要があるのではないか。

欧米に偏らず中国も引用する三原師の姿勢はまともである。一方で気になるのは「かつては敵対していた隣国・中国」である。台湾は日本領、満州は日本の属国、国民党左派汪兆銘の南京政府は親日政府といふことで中国人全体と敵対した訳ではなかつた。あの戦争は日本対蒋介石、更には日本対蒋介石を応援する米英といふ図式だつた。複雑な国際関係を理解しないと単なる民族抗争になつてしまひ、いつまでも謝り続ける日本人やそれに反発して尊大な態度を取る日本人を生み、いつまでたつても親善の雰囲気が生まれない。

七月二十八日(火) 僧X宗現代宗教研究所所長としての三原正資師、その二
まづは僧X宗ではない或る宗派の話である。前の担当僧のときはとてもよかつた。外国人も指導できるようおそらく英語の教師と寺の住職を兼任され教師を定年になった方だと思ふ。田舎では寺の住職だけでは生活できないところが多い。決して英語を混ぜることなくきちんとした日本語だつた。十年ぶりに参加したところ担当僧が私より若い人に変つた。やたらと話の中に英単語を混ぜる。世代の劣化を痛感した。三原師は私より年上だから話にやたらと英単語を混ぜることはしないが、西洋化した部分はある。
今、欧米の人びとが、この日本人の考え方の基底にあるものに魅かれ始めている。(中略)私たち日本人はいつまでも、マネやモネの絵など、欧米の美術をきらびやかな殿堂で、「神」を崇めるかのように仰ぎ見て、西欧近代文明を金科玉条とすることから、そろそろ卒業してもよいのではないか。

後半部分は同感である。前半部分は欧米人が魅かれ始めようと始めまいとそんなこととは無関係に文化を保ち続けるべきだ。もちろん日本の基底部分に興味を持つ欧米人に我々は大いに協力すべきだ。しかし欧米人の言動に一喜一憂するようだと我々の文化が亡んでしまふ。また魅かれ始めたといつても地球温暖化を防止するまでは至つてゐない。である以上、西洋近代文明を我々は批判すべきだ。第二章の
たまたま現代宗教研究所を訪問されたミャンマーの僧侶からご挨拶をいただいた。五人のリーダー格の僧侶は二〇〇七年、欧米の報道機関が「サフラン革命」として報じた、軍事政権反対運動の指導者のひとりであるという。

第三章で
ビルマ僧侶アシン・ターワラ師とは、その後二度もお会いするという奇縁にめぐまれた。(中略)「あなたは輪廻転生を信じますか」−をターワラ師に試みた。「それが仏教のルールですから、輪廻転生を受けいれています」とターワラ師は答えられた。

まづミャンマーの軍事政権はよくなかつたが、最近は改善が著しい。欧米の命名した「サフラン革命」はミャンマー国内に混乱をもたらすだけで駄目である。私がよく参拝する在日ミャンマー人の上座部仏教寺院に、ミャンマーから高僧が来日されたことがある。我々日本人五名も法要が終つたあと僧侶居住室でお言葉を頂いた。この高僧はミャンマーの騒動のときに逮捕された。後に釈放されキンニュン首相(当時)が会いに来たので釈尊の精神の政治をするよう諭した。この言葉も後のミャンマーの改革の一因になつたと確信する。サフラン革命は駄目である。アジアではこの高僧のようにやらなくてはいけない。欧米のやり方をアジアに押し付けてアジアがどんなに混乱しても構はないといふのは悪魔の思想である。
だから三原師はサフラン革命なんかを賞賛してはいけないのだが、それより「輪廻転生を信じますか」なんて質問してはいけない。私は最初に三原師が輪廻転生を信じてゐないような発言をされたとき正直で好感を持つたが、同じ話が三回になると世襲僧侶の限界を感じない訳にはいかなくなる。

七月二十九日(水) 僧X宗現代宗教研究所所長としての三原正資師、その三
第三章で
昨今流行した言葉で言えば、いわゆるシックスセンス、日本語にすれば「第六感」だが、(中略)その”霊感””死後の世界との交信”というイメージのはじまりは、一九九九年に公開された映画「シックスセンス」である。(中略)私はこの三作目をバッグに入れて、サンフランシスコの郊外、ヘイワード市にある国際開教布教センター(所長名略)へ行った。(中略)私は「X経−開会の教え−」と「アメリカ仏教とSGI−USA」を、同行の(所員名略)は「無縁社会」を担当した。/滞在中、タラビーニ勝亮師の通訳で、討議や雑談をたのしんだ。

まづシックスセンスは銃で撃たれた心理学者が死んだことを知らずに幽霊となつてさまよふ話で、アメリカ映画ではよくあるパターンである。娯楽映画として観れば面白いかも知れないが、私的に観るべきでましてや僧侶の場合は内々に観るべきで仏教を語るときに取り上げてはいけない。通訳を入れて話したのはよいことである。英語を習得するには膨大な時間が掛かるし、時間とともに単語は忘れて行く。穴の開いたバケツと同じで一定量以上の水を入れないと、水は減つてしまふ。その膨大な時間は別のことに使つたほうが有効なので、英語が得意な人と分業することが大切である。それならなぜ私は英語を習得したかといへば、二十五年前は英語のできる人が少なかつた。しかも私の勤務する会社は中小企業だから交渉から翻訳から質問まですべて英語でやる必要があつた。
それより三原師の文章を読むと海外交流は手段なのに目的になつてしまつた。尤も海外布教を目的としてよいのかは別の問題である。海外布教のため国内の教義が変はつてしまつては駄目である。海外布教といふ名の西洋かぶれでも駄目である。XX会やXX宗の弊害を見れば他山の石としなくてはいけない。
一九二〇年、二四歳の作家Xは国柱会へ入会し、そのよろこびを素直かつ熱烈に、親友・保阪嘉内へ書き送った。/今度私は/国柱会信行部に入会致しました。(以下略)/これら一連の手紙を見出して、たいへん驚いたものだった。『銀河鉄道の夜』や『よだかの星』等の作品から私のなかに形成された作家Xのイメージと手紙のそれとは、あまりにへだたっていた。『友への手紙』に見られる作家Xの姿は、一九六九年に言論出版問題等をおこして世論の批判にさらされるXX会の体質を連想させ、私は作家Xに失望感いだいた。

まづXX会が一九六九年に世論の批判にさらされたのは藤原弘達の著書の出版を妨害したことが原因で、作家Xはそのようなことは一切してゐない。連想する三原師が異常である。そもそも布教には勢ひが必要である。XX会が昭和四十五年に布教を停止してからは、敵対するはずの僧X宗まで護法運動を停止し片山日幹宗務総長は任期途中で辞任してしまつた。作家Xが入会したときの国柱会は勢ひがあつたから日本中に布教することは可能だと信じられた。そのような時代に自分の信仰について確信を手紙に書くことは当然である。輪廻は信じられない、信仰の確信を述べると言論出版問題を起こしたXX会の体質だと失望する三原師とはいつたい何なのかと疑問を持つてしまふ。続いて
当時、立正大学は学園紛争で混乱していた。(中略)米空母エンタープライズの日本寄港に反対するデモや靖国神社国営化法案に反対する集会に参加した日々を思い出し、かたわらテレビで東日本大震災救援のために三陸沖に停泊した米空母ロナルド・レーガンの米軍兵士の救援活動にたいして示される被災者の感謝の言動を見ていると、今昔の感にたえなかった。

まづ米空母エンタープライズの日本寄港に反対するのは当然である。一方で東北大震災のときに救助してくれる人は誰だらうとありがたい。救助されて感謝するのは当然である。両者をいつしよにしてはいけない。三原師は続けて
ベトナム戦争、中国の文化大革命、ソビエト連邦のチェコ侵攻という世界情勢のなかで日々を過していた四〇年前の私にとっては、作家Xの『友への手紙』はまさに異物でしかなかったのは事実である。

共産主義は資本主義といふ恐ろしい思想への対抗として生まれたが、当時の恐ろしい世の中の現象を取り込んでしまつた。ベトナム戦争は西洋列強による帝国主義といふ残酷な社会への反抗であり、後期には米ソ冷戦に巻き込まれたが、前半のフランス軍へのディエンビェンフーの戦闘があり、あの時点で停戦することは不可能だつた。中国の文化大革命は共産主義に入り込んだ唯物論といふ恐ろしい思想が引き起こしたものであり、一方で今の資本主義は唯物論である。ベトナム戦争、中国の文化大革命、ソビエト連邦のどれもが終結した今では地球を滅ぼす資本主義にこそ宗教者は反対すべきだ。資本主義を肯定し『友への手紙』を否定する三原師は唯物論者と呼ばれても仕方がない。
靖国神社の問題は複雑である。本来の日本文化からは名古屋の日泰寺のように各宗派共同の寺院とすべきだつた。明治政府は廃仏毀釈を実行し、神道で慰霊施設を作つたから事情は複雑になつた。少なくとも英霊の遺族、戦友が存命のときは現状を維持すべきだ。もともと国有財産だつたのだから将来は国有化して、日泰寺を管理する19宗派に神社本庁を加へた二十宗派で神仏習合の象徴として管理するのがよいと思ふ。一番悪いのはマッカーサの押し付けた憲法をうのみにして政教分離だとばかり無宗教化することである。

七月二十九日(水)その二 三原正資師「作家Xの宇宙−3.11を超えて−」その三
第五章で
田中智学の理想に、作家Xはよほど共鳴したのであろう。『銀河鉄道の夜』には『僧X聖人の教義』の一節と同じ趣旨のよく知られた次のような文章がある。/「天上」へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりもっといいとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が云ったよ。」

ここで『僧X聖人の教義』とは田中智学の著書で
次のような一節がある。/吾人は極楽や天國のやうな無責任な理想境は、一顧(いっこ)の價値もないものとおもふ。「敲(たた)けば音のする現實の境界に、極楽以上天國以上の大理想境が建設せらるるといふ教(おしえ)』に対しては、身命(しんみょう)も何も何も一切入揚(いりあげ)げて忠實を挙げる心得である。

とかく僧X関係者の中には、作家XのX経信仰は認めるものの国柱会や田中智学に対して悪く書く人が多いので三原師の公正さには好感か持てる。因みに私は国柱会とは何の関係もないが、文章には公正さが必要である。偏向した文章は役に立たない。第六章では、東北大震災で原子核科学者の高木仁三郎が注目されたとして同氏の著書
『作家Xをめぐる冒険(新装版)』(七つ森書館二〇一一年)によると(中略)開発の現場にかかわっている間にいろいろな疑問を感じるようになったという。悩むうちに彼は作家Xのことばに出会う。/そういう時に、ふとしたきっかけから出会ったのが作家Xの次のような言葉でした。/「われわれはどんな方法でわれわれに必要な科学をわれわれのものにできるか」/この言葉を読んだ時の私の衝撃といったらなかったです。

高木氏は原子力情報資料室の活動を始める。これについて
私は本当は環境問題という言葉は使いたくありません。(中略)あくまでもこれは、西欧から来ている考え方で、いわば人間がいて、(中略)人間が生きるために環境が怪しくなってきた。だからこの環境を守らないといけない、そういう考え方がいまの環境問題です。(中略)そうではなくて、自然の大きな全体というのがあって、人間はそれに取り巻かれた一員でしかないんです。人間があって環境があるのではない。全体があって、その一部に、点のような存在として人間がある。そういう全体というのが、作家Xの書きたかった自然であると思います。

ここまで完全に同感である。私は持続可能な発展といふ言葉が嫌ひだが、高木氏も
開発というニュアンスを含むもので、大きな自然破壊を防ぎ、大きな自然破壊を防ぎ、資源や廃棄物面での制約を克服しながらも開発を持続させたいというニュアンスをまだ含んでいます。/しかし、そういう発想ではおそらく不十分で、いずれ地上の人類の営みは持続性を失ってしまう。たとえばゴミの問題です。典型を原子力にとれば、核のゴミのことです。

私は、日本の各宗派、、神道系各団体、新興宗教各団体、XX教各派が唯物論者による地球破壊を阻止しないことに不満だが、僧X宗の場合は
一九七二年、公害問題をテーマとして開催された第五回中央教化研究会議分散会報告(渡辺清明師)には/公害に苦しむ社会は近代以来の欲望を前提とした思想、価値観が作り出したものであるから、これを宗祖の教えから批判していかなければならない。

ここまで完全に同感である。ところが
この三〇余年間、『清貧の時代』(中野孝次 草思社一九九二年)が出版されたときわきおこった声を除いて、宗門の内でも外でも「小欲知足」が真剣に問題にされることはなかった。

これも完全に同意見である。と同時にここ三〇余年間は昭和四十七(1972)年に比べて僧X宗が劣化したのではないか。僧X宗だけではない。日本全体が劣化した。


「作家X14」、大乗仏教(僧X系)その二十一
「作家X16、大乗仏教(僧X系)その二十三

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