六百五十九、右翼と左翼(これまでの認識と調査後の変化)甲、仲正昌樹氏「ポストモダンの正義論、右翼/左翼の衰退とこれから」

平成二十七乙未
一月八日(木) これまでの認識
中江兆民と頭山満は仲が良かつたが、その弟子たちは右翼と左翼に分かれる。幸徳秋水は中江兆民の弟子、右翼の玄洋社と黒龍会は頭山満が 最高幹部として参画した。何年か前に中江兆民、頭山満、玄洋社、黒龍会を調べた時の結論として、一人で行動するのが右翼、多人数で行動する のが左翼。その程度の違ひであつた。しかしそれとは別に西洋思想の猿真似で左翼と右翼に分かれた。これが今までの結論である。今回もう一度 何が右翼と左翼を分けたかを調査し、元のように一つにまとまらう。これが今回の目的である。

一月十二日(月) 「ポストモダンの正義論、右翼/左翼の衰退とこれから」序論
まづ仲正昌樹氏の「ポストモダンの正義論」である。第一章に入る前の序論で
日本において「左」と「右」の思想的な核が見えにくくなっている原因を一言で言えば(中略)冷戦時代の「左」の思想の標準になっていた「マルクス主義」が影響力を失った後、それに代わるものが出てこなかった、ということになるだろう。

同感である。私が、左翼はよいが左翼崩れは駄目だといふ理由もここにある。左翼崩れは死刑廃止だの護憲だのと国民の感覚とずれたことばかりいふ。左翼崩れがまつたく社会の役にたたないことは
「格差社会」や「ワーキングプア」が社会的話題になるようになって、漫画家の小林よしのり[一九五三−]や、数学者でエッセイストの藤原正彦[一九四三−]など、基本的に”右”の側に属すると思われる論客たちが、「格差」の背景にアメリカ主導の「新自由主義」や「グローバリゼーション」について、それらが日本国民の文化的アイデンティティを侵食し、愛国心の基盤を奪っているとして批判するようになった。

これも同感である。

一月十三日(火) 第一章、その一(進歩史観)
第一章の冒頭で仲正昌樹氏は進歩史観を取り上げる。歴史は進歩するかといふ問題である。まづ科学技術が進歩するかと質問されればほとんどの人か進歩すると答へる。これについて
一八世紀フランスの啓蒙思想家たちは、科学技術を中心とする文明は、人類が普遍的に共有している「理性」の働きによって進歩し続けると考えた。
それでは、各人の「自由」や「権利」をめぐる状況については、「進歩」は見られるだろうか?
現代日本が「新自由主義」とか「監視社会化」などの負の傾向によって(中略)「自由」や「権利」がどんどん侵害されている現状は進歩どころではない、むしろ社会全体が退化している、と言うかも知れない。しかし(中略)江戸時代や戦国時代などと現代を比べたら(中略)「自由」や「権利」の面でも、「歴史は進歩しているように見える。


私は仲正氏の主張に不同意である。新自由主義によつて「自由」や「権利」が侵害されるのではない。「社会正義」が侵害されるのである。「自由」や「権利」は啓蒙思想の範疇ではないか。またどの時代でも何かを改善するとそれにより或いはそれに遅れて新たな矛盾を生じる。例へば戦後の労働組合は、まづインフレ下の春闘では個人商店や町工場が蚊帳の外に置かれ、高度成長が止まつた後の労組は雇用権(クローズドショップ)を勝ち取らなかつたから企業主義になり、つひには労働者派遣法成立に向けて当時の社会党に圧力を掛けたり、最近では消費税を増税するためシロアリ民主党内で圧力を掛けるに至つた。こんなものは労働組合ではない。私がニセ労組シロアリ連合と呼ぶ所以である。
江戸時代は江戸時代なりに、鎌倉時代は鎌倉時代なりにそれぞれ精一杯生きたのであり、どの時代が優れたといふことはない。今の時代は化石燃料消費による悪魔の世代である。こんなものを他の時代と比べてはいけない。また江戸時代は三代家光の辺りから世襲社会に堕落したし、戦国時代は日本の歴史上異常事態である。そんなものを比較対象にしてはいけない。

一月十四日(水) 第一章、その二(保守主義の登場)
仲正氏は次に英国の政治家、政治思想家バークを取り上げる。
バークは、フランス革命の最大の問題は、"理性"と"自由"の名の下に旧来の伝統・慣習を破壊しようとする傾向にある、と見ている。(中略)"理性"というのは、彼らが"理性"だと勝手に思い込んでいるものにすぎず、人間の本性に根差していない。

私もバークの説に賛成である。仲正氏は言及しないが、理論家は理性と言ひながら人間の本性に根差していない。大多数は理性と言ひながら自分の欲に根差している。人権、護憲、死刑廃止、フェミニズムを叫ぶ連中は前者だし、シロアリ民主党による消費税増税は後者である。

一月十五日(木) 第二章
この章で仲正氏は進歩思想がキリスト教の終末思想、つまり神の王国を目指し進むといふ思想と根底が同じことを指摘する。アジアは循環思想である。しかしその違ひを考慮しなくても次のことが云へる。
マルクスの生きた時代は社会と道徳が崩壊した。だからその対策を考へた。ところが後世の人たちは社会と道徳を破壊させるのがマルクスだと錯覚した。対策なのか推進者なのかはその時代を生きれば判る。後世から見ると判らない。
もう一つ、人間は衣食住の足りないときは唯物になり、それが足りると文化的になる。マルクスの時代に労働者の生活は前者だつた。しかし人類の歴史で衣食住が足りないのは世の中が急変しそれが平衡状態に達しないときだけである。足りない状態が永続すると人類は生きられない。後世の人はそこも間違へた。
この二つを補正すればマルクスは有益だし、この二つを補正しないとマルクスは有害になる。左翼崩れと呼ばれる人たちは反資本主義を放棄して社会と道徳の破壊と唯物論だけを保つた。社会に有害な訳だ。

一月十七日(土) 第三章、その一(ダーウィンとスペンサー)
第三章は資本主義を進歩思想で擁護する主張を紹介する。スペンサーはダーウィンの進化論の自然淘汰に対応して最適者生存を採用し
これは生物学的には文字通り、変化する環境に最も適合したものが生存競争に勝って生き残るということであるが、社会、特に経済に応用すると、変化し続ける市場を中心とした経済活動に最も適応した個人あるいは企業が生き残る、ということになる。
(前略)スペンサーは(中略)劣悪なものが次第に淘汰され、最も適したものだけが生き残る経済的な進化のプロセスに国家が管掌して進化を阻むことに徹底して反対している。


ここで重要なことは周囲が変化してよいのか。技術の発展で変化する場合もある。これはやむを得ないとして人為的に変化させることは許されない。プラザ合意がその典型である。グローバルといふ名目の急変も許されない。シロアリ嘘つき民主党による西洋猿真似の消費税増税はその典型である。
こうしたスペンサーの進化論的な資本主義擁護論は、一八七〇年代から八〇年代にかけて西欧諸国、特に産業社会への転換期を迎えていたアメリカで非常にポピュラーになった。

ここでアメリカは先住民と野生生物の土地を欧州人が奪つたものである。いはば地球の癌細胞である。そこでは変化ばかりが連続するからスペンサーが好まれたのも当然である。しかし地上の大多数を占める一般国は真似をしてはいけない。ところが日本にも真似をする人間が現れる。
日本では、一八七〇年代半ばから九〇年代にかけて盛り上がった自由民権運動の理論家たちが、国家からの「自由」を説くスペンサーの影響を受けたことが知られている。(以下略)
その一方で、民権運動から対立する政府側も、スペンサーからさまざまな影響を受けている。(中略)加藤弘之[一八三六−一九一六]は、もともと天賦人権論者であったが、(中略)人間は生まれながらに生存をめぐる闘争に投げ込まれており、その闘争に最適者として生き残ったのが明治政府手世あるので、その方針に抵抗する民権運動は間違っている、というわけである


加藤弘之は森有礼、西周、福沢諭吉と日本初の啓蒙的学術団体明六社を結成した。それにしても加藤弘之はずいぶん悪質な言論である。と同時に今の日本に酷似する。左翼と右翼の中間のふりをして自由だ、リベラルだ、グローバルだと叫ぶ連中は、当時の民権運動、明治政府と同じで国民を犠牲にする。

一月十八日(日) 第三章、その二(仲正氏の偏向)
十九世紀末は、西欧諸国による「帝国主義」が世界的に展開した時代でもある。西洋諸国が人類文明の頂点にあると見る進歩・進化の思想には、西欧諸国の影響力拡大を意味する帝国主義をも正当化する傾向がある。

傾向があるどころではない。日本ではここ二十年ほどイギリスやフランスの植民地は正当化し日本を悪者にするといふとんでもない主張がはびこつてゐる。もちろん日本の侵略も正当化はできないが米英仏欄の植民地を正当化する邪悪な議論を認めてはいけない。植民地支配を正当化する大義名分に二つあるといふ。
一つは、かつての啓蒙主義を世界規模で拡張・再現する、というものである。つまり、頑強に未開・野蛮状態にとどまっている国々や地域を支配下に入れることで、そこの住民を−−強制的に−−文明の光へと導いてやる、と考えるわけである。(中略)もう一つは、「進化論」の「最適者生存」の論理を徹底させて、最も「進化」した西欧諸国が、「進化」し損なった諸国や地域を利用してさらなる進化を遂げようとするのは、自然法則にかなっていると主張するやり方である。

戦前は完全に後者だつた。戦後も一定時期までは前者が残存したがその後、前者になつた。アメリカがさかんにグローバルを叫んだり独裁国家を転覆させるのには警戒が必要である。アメリカが独裁国家を転覆させるとその国の国民はより一層不幸になる。各国には各国の事情があるのだから、その国に任せるべきだ。

後者の人種差別論として
ルナンは、そうした近代的ヒューマニズムの思想家である反面、進化論的な人種主義思想の持ち主でもあった。(中略)ユダヤ人、アラブ人、アフリカ人、中国人などの非西洋人種は進化のうえで劣った人種であるのに対して、西洋人は進化した優れた人種であるという見解を示している。

同じくフランスの作家であり外交官でもあつたゴビノーは
白人、黒人、黄色人種の三つの人種間には、自然によって超えることのできない壁があるとしたうえで、(中略)優秀な人種である純粋な白人=アーリア人だけによって担われる文明は豊かに発展し(中略)劣った人種である黒人や黄色人種との混血によって人種間の障壁が破られることで文明が退化し、最終的にはカオスに回帰していく、示唆する。

ナチスのユダヤ人虐殺はこの思想の発展したものであり、だから西洋の植民地支配と発生元は同じである。それに対して日本は
日本が属する「(東)アジア」の文化・文明に、西欧の物質文明を超えるもの(=精神文明)が潜在的に含まれていると想定したうえで、日本をアジアの盟主あるいはアジア文明と西欧文明を結ぶ媒介的存在として位置付ける必要がある。それが、悪名高い「アジア主義」あるいは「近代の超克」の思想である。

私は「アジア主義」あるいは「近代の超克」を、日本がアジアの盟主になることだつた或いは、アジアと西欧を結ぶ媒介的存在になることだつたとする主張は絶対に反対である。しかしそれ以上に批判しなくてはならないのは悪名高い「アジア主義」あるいは「近代の超克」といふ表現である。右翼と左翼について書かれたもののなかで仲正氏の著書は偏向が少なくここまで客観的に書かれた。しかしここで初めて仲正氏の本心が現れる。西洋の植民地地支配やそれを巡る二回の大戦、更にはナチスの人種差別こそ悪名が高く強く批判しなくてはならない。「アジア主義」「近代の超克」は正しいし、地球温暖化が叫ばれる今こそ正しさが証明されたと見るべきだ。
初期の「アジア主義」の担い手となったのは、一八八一年に結成された国家主義団体である玄洋社や、その海外工作担当部門として一九〇一年に創設された黒龍会などの右翼グループである。彼らは当初、アジアにおいて植民地主義政策を展開する欧米列強諸国に対抗するため、同じアジアの国である中国やインド、フィリピン等と連帯すべきだと主張していたが、日清・日露戦争以降、日本自体が台湾や朝鮮を植民地化するなど、自らアジアに対する帝国主義政策を展開するようになると、彼らのスタンスも、アジア諸国の独立支援と日本の対外戦略の狭間で、微妙なものになってくる。

玄洋社は政府批判勢力であり国家主義ではない。黒龍会は海外担当部門だから右翼ではない。右翼と左翼について書いた書籍にしてはずさんである。大東亜共栄圏は仲正氏も認めるように東南アジアに植民地を持つ米英仏との対立構図が強まっていく中で、やむなく打ち出したという場当たり的な面が強かった(以下略)。

場当たり的な面が強かつたどころか日本が東アジアで日華事変を引き起こしておきながら共栄しようといふのだから矛盾そのものである。戦後の五五年体制について仲正氏と私は次表のように大きく意見が異なる。
自民党社会党、共産党
仲正氏右≒親米≒反共≒体制維持(保守)護憲・平和(+反米)
現状維持≒既得権維持≒反共≒親米独立(+反米)・社会主義



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