六百二十一、岡本古志郎氏の著書を読む「アメリカ帝国主義」
平成二十六甲午
十月十三日(月)
序章 侵略で汚れたアメリカ帝国主義の足跡
岡倉古志郎(岡倉天心の孫)の著書を読まうといふのが今回の特集である。まづは1970年に出版された「アメリカ帝国主義
その侵略と干渉の一世紀」である。発行は新日本出版社で完全な共産党系出版社である。書籍の奥付によると岡倉氏は
大阪外大教授、アジア・アフリカ研究所長、日本アジア・アフリカ連帯委員会常務理事とある。共産党などがまだ
民族独立の立場にあつたことが判る。1970年と言へば全国に革新知事市長が続々と誕生した時期でもあつた。序章の冒頭から
最近、アメリカの元海兵隊司令官シャープ司令官は、「アメリカはいまや軍国主義的で侵略的な
国家になった」と告白している。
で始まる。そして
だが、シャープ提督が「いまや・・・・・」といっているのはまったくまちがっている。なぜなら、アメリカは、「いまや」はじめて軍国主義、
侵略主義になったわけではないからである。(中略)アメリカ帝国主義はその手段、方法、形態こそさまざまではあったが、終始一貫
して軍国主義的・侵略主義的国家として、はじめは中南米、ついでアジア、さらに、ついには全世界におそいかかってきたからである。
そして帝国主義は今でも続く。イラクへの攻撃は我々の記憶に新しいし、つい先日イスラム国への空爆を
開始した。帝国主義が今でも続くことは多くの非先進国がアメリカに不満を持ち、イスラムを中心にアメリカへのテロを繰り返すこと
にも現れてゐる。
十月十九日(日)
第一章 戦前における侵略の歴史
前世紀末に米西戦争の獲物としてフィリピンを奪取したアメリカは、ここを足場として中国大陸を虎視
たんたんとねらっていた。だが、すでに中国には英、独、仏、露(ツアーリ・ロシア)などが根深く食い込んでおり、次いで新興の日本
帝国主義が有利な地理的条件を利用して中国に食い込もうとしていた。そこで、アメリカ帝国主義は中南米とは別な戦術を用いて
介入をたくらんだ。
その戦術とは
他の帝国主義列強(とくに英、独、露など)による中国の領土的分割を阻止して、中国を半植民地・従属国の状態におき、アメリカ独占
資本がその実力に応じて中国に経済的進出をなしうる余地を確保し(以下略)
恐ろしいことにアメリカは今でもアジアとアフリカに対してこの戦略を採つてゐる。一時、日本の貿易黒字がその妨げになつた。それ以降
突然、日本国内では西洋列強の侵略は棚に上げて日本の侵略のみをさかんにマスコミ(特に反日新聞とニセ新聞東京パンフレット)が
書き連ねるようになつた。これはソ連崩壊でせ左翼が左翼崩れになつたことも原因だが、アメリカによる日本弱体工作もあつたと考へる
べきものだ。昭和三十五(一九六〇)年に
八一ヵ国共産党・労働者党代表者会議が採択した声明は、アメリカ帝国主義を名ざしで「最大の国際的搾取者」「世界反動のおもな支柱」
「侵略と戦争の主勢力」「国際的憲兵」「現代の植民地主義の支柱」と規定している。
十月二十三日(木)
第二章 トルーマン主義下の侵略と干渉、その一
第二章は冒頭に「グローバル・ポリシー」といふ言葉が出てくる。十数年前に突然「グローバリズム」なるものが出てきたときはその悪質さ
に驚いた。これは世界中を新自由主義に巻き込む悪質な政策だからである。しかしトルーマン時代からこの政策はあつた。
アメリカ帝国主義者は、すでに第二次大戦中および終戦直後、戦後の支配者となることを露骨に公言していた。
たとえば、アメリカ全国工業家評議会(巨大独占の支持でつくられた組織)総裁ヴァージル・ジョーダンは(中略)「大戦の結果がどうなろうと、
アメリカは世界の諸問題において、(中略)帝国主義の道にのり出したのである(以下略)」
更にジョーダンは終戦直後に
「アメリカ国民は世界を服従させなければならない」、「さもなければ世界がアメリカを破壊するだろう」
アメリカはアメリカが地球を破壊するゆえもし世界を服従させなければ世界がアメリカを破壊することを既に知つてゐた。私がアメリカ
合州国解体論を主張する理由は、どちらになつても第三次世界大戦が起こるので、さうならないよう円満に十三州に移り住んで貰ひ、残り
の土地は野生生物と先住民の保護区にしようといふ穏健なものである。
十月二十五日(土)
第二章 トルーマン主義下の侵略と干渉、その二
それにしてもジョーダンの暴言は冗談(ジョーダン)抜きで悪質である。D・H・フレミングは
「ドイツは世界を支配する権利を持つというナチスの代弁者も、これほど大胆にその主張をのべたことはない」と驚きあきれたのは当然だろう。
また、終戦の翌年、一九四六年十一月には、スタンダード石油(ニュージャージー)の会計監査役レオ・D・ウェルチは(中略)「社会主義と高賃金を
めざす労働者階級、民族解放をめざす植民地人民などは(アメリカの)主要な敵」であるとしていた(以下略)
「高賃金をめざす労働者階級」といふのは今のニセ労組シロアリ連合(自称、連合)ではない。はるかに質素な人たちである。それでさへ主要な敵
である。ニューヨーク大学教授ジェイムズ・バーナムは
アメリカ外交の原理は、(1)外交の目的は平和にはなく武力を用いる用意があることを宣言し、(2)アメリカが世界の指導権を公然と掌握し、(3)
世界政治に、迅速かつ十分に介入し、(4)非共産主義国には圧力と「援助」の両者を用い、(5)イギリスをアメリカの目したの同盟者(「ジュニア・
パートナー」)として、アメリカの指導下にヨーロッパ連邦をつくる、などをその目的とすべきであり、このような方針によってのみ、アメリカは非共産
主義国の世界帝国を樹立することができる。そして、この世界帝国に属する国ぐににたいしては、圧力と柔軟の両方のやり方で支配する必要が
ある(以下略)
私はアメリカが好戦的なのは米ソの対立が原因だらうと思つてゐた。しかしさうではなくアメリカは世界帝国を目指してゐたのだつた。だからソ連が
崩壊して以来、急に高圧的になつた。船橋洋一の英語公用語はその典型である。そしてそれは平成二十六(2014)年の今でも続いてゐる。
十月二十六日(日)
第三章から第五章まで
朝鮮戦争について
アメリカはこの戦争に陸軍の三分の一、空軍の五分の一、海軍の大半を投入し、「同盟国」一五ヵ国と李承晩のかいらい軍を
ふくめると、じつに二〇〇万以上の大兵力をくりだし、二〇〇億ドル以上の巨費をつぎこみ、じゅうたん爆撃、ナパーム弾、細菌弾
などあらゆる手段で老若男女の非戦闘員をふくめた大量殺りくと大量破壊、掠奪、暴行のかぎりをつくし、最後には原爆投下まで
もあえてしようとした(これはやれなかった)。(中略)約三年間の損害は、米軍三九万余(「国連軍」全体で一〇九万余)、航空機
一万二二00余機、艦艇三二七隻におよんだ。それは「アメリカ戦史上最大の敗北」(『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙)だった。
その後、ケネディが大統領になるや朝鮮戦争の失敗からベトナムでは
「ベトナム人を使ってベトナム人を討たせる」新型の植民地戦争、「宣戦布告なき戦争」であった。
ケネディが暗殺されジョンソンが大統領に就任するとアメリカ軍のベトナム投入を
五三万人にまでせりあげた。南ベトナムかいらい軍公称八〇万、アジア反共諸国軍七〜八万を合わせれば、実に百数十万
という大軍である。これだけの大軍が人口一五〇〇万、総面積一七万一六五五平方キロというせまい地域に投入された例は
歴史上まったく前例をみない。(中略)その火力は朝鮮戦争の三倍におよぶ。
つまりアメリカ戦史上最大の敗北が朝鮮半島で起き、その三倍の火力がベトナム戦争で使はれた。
そればかりではない。ジョンソンは、ナパーム弾・黄燐爆弾、各種BC兵器などもっともすすんだ細菌兵器を投入してここを近代兵器の
実験場と化した。(中略)「ソンミ村虐殺事件」のように、婦女子など非戦闘員をふくめ、何十、何百という一般市民を部落単位で
抹殺するという犯罪的な残虐行為がくりかえされている。その規模といい、ひどさといい、おそらく第二次大戦におけるナチス・
ドイツ、軍国主義日本をはるかに凌ぐものであろう。
米ソの冷戦が終結したあたりから日本の平和運動が変質した。やたらと日本の犯罪を強調し連合国は正しかつたと誘導するようになつた。
第二次大戦の後に起きた更に悪質な朝鮮半島とベトナムの戦争を誤魔化すことが目的であつた。
ジョンソンはアフリカでも同じことをやつた。コンゴのスタンレービル虐殺事件である。
アメリカはまずかいらい政府への軍事援助を強化し、ついでベルギーその他の帝国主義諸国とともに直接軍事行動をおこし、
それによって、コンゴ(キンシャサ)を「アフリカの南ベトナム」化しはじめた。(中略)一九六四年十一月二十日、かねて米軍
T130輸送機で大西洋上の英領アセンション島を経由コンゴのカミナ基地に運ばれたベルギー降下部隊はコンゴ人民共和国
政府の所在地スタンレービルに降下し、地上を進撃したチョンベかいらい政権軍、白人やとい兵部隊とともにスタンレービル市内
に突入、以後数日間史上まれに見る大虐殺を遂行した。虐殺にあたったのはベルギー兵、白人やとい兵(キューバの亡命、
反革命分子をふくむ)などで、老若男女一万余人を見さかいなく殺し、(中略)白人やとい兵の指揮官ミューラー自身が「白人
やとい兵はやとい主(チョンベ)から、掠奪、没収、婦女暴行、拷問、殺害を手あたりしだいやる特権を与えられている」と西独の
新聞記者に語っている。
十月二十六日(日)その二
あとがき
「あとがき」には、ソンミ村虐殺事件の責任はベトナム侵略戦争をひきおこしたアメリカ帝国主義自体にあるとした上で
それにもかかわらず、いまなお、アメリカを「自由の女神」「平和の守り神」として等置する宣伝がまだまだゆきわたっている。(中略)アメリカは、
そもそも帝国主義として確立した前後から今日まで、ほぼ一世紀にわたって、一貫して、侵略と干渉の歩みをつづけてきたのである。
この本の書かれたのは昭和四十五(1970)年だから今はそれから更に44年を経過した。つまり今では一世紀半に亘つて一貫して帝国主義
である。そればかりか先住民を滅ぼし土地を次々に奪ふこと自体が国内の帝国主義である。つまりアメリカは建国前から帝国主義であつた。
この本の書かれた当時と今を比べると、アメリカは一貫して帝国主義である。ところが日本では帝国主義を批判する社会党が消滅し、自由
だの民主主義だのを叫ぶアメリカの工作員みたいな連中ばかりになつた。これは自民党も同じである。かつては文化保守派、アジア派が
党内に存在したが今は拝米の連中ばかりである。だから石原元都知事や橋下大阪市長が人気を得た。
坪内隆彦著「岡倉天心の思想探訪」(その二)へ
(その二)へ
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