六百二十、ミャンマー祭り(ミャンマー経典学習会、その八)

平成二十六甲午
十月十三日(月) ミャンマー祭りの話題
十月の経典学習会は昨日行はれた。秋になつたので新中野から歩いたが、今回は別の目的がある。昼休みに職場から買ひに行 くスーパーの支店が途中にある。そこで弁当を試しに買はうといふのである。そのため途中の1400mを都道ではなく新井薬師の駅前 通りを歩いた。参道を兼ねた感じの良い商店街である。
本来は一時間瞑想をする筈だが先月から雑談の時間になつてしまつた。ミャンマー祭りに文化福祉協会が参加できなくなつたことが話題 になつた。間に合はなかつたさうだ。文化福祉協会は本物の寺である。しかし宗教法人にするには土地と建物が必要で最初はなかつた ためNPO法人で設立した。東京にある在日ミャンマー人のための唯一の寺なのだから場所を融通してくれればよいのにと皆で残念がつた。
学習会終了後にも話題になり、僧侶は開会式典に参加するさうだ。インターネットで調べると実行委員会は名誉会長安倍昭恵(NPO法人 メコン総合研究所名誉顧問)、委員長がNPO法人メコン総合研究所所長、副委員長が駐日ミャンマー大使、浄土宗ともいき財団理事長、 メコン総合研究所顧問の三名。委員はメコン総合研究所八名、浄土宗ともいき財団三名、日本企業六名、在日ミャンマー大使夫人、 日本人看護師で日本の経済関係が圧倒してゐる。これだと寺の入る余地はない。
昨年の収支報告を見ると、収入は協賛金1545万円、ブース出展費70万円などで総額1725万円。支出はミャンマー祭り当日運営費 (外注一式)708万円、広報製作費242万円、事務局運営費(業務委託)234万円、ゲスト出演者交通費・謝金等121万円などで総額 1799万円。74万円の赤字である。収益はミャンマーの寺子屋支援事業等に寄付することになつてゐるが赤字だから、これでは寺だから 無料で出展させろといふ訳には行かないかも知れない。

十月十四日(火) 宝経
今回は小部経典のなかの宝経(ラタナスッタ)の一回目である。ブッダの三徳を信じて唱へるお経で心も大切。或る町が飢饉などで死者 多数疫病も広まつた。六師外道を呼ぼう、ブッダを呼ぼうと二つ意見があつたが、ブッダを呼ぶことにした。川を挟んで5ユジャナ(由旬、 1ユジャナは17kmか)あるので1ユジャナごとに休む寺を作つてお迎へした。帝釈天が降りてきたので悪い神々は去つた。以上が前置き で本文が始まる。
ここに集まった神々は地上のものも空中のものも歓喜し、(釈尊の)説教を聴きなさい。神々は人々に慈しみを垂れ なさい。人々は昼夜神々に供物を捧げるのだから人々を守りなさい。本文の大意は以上で、増支部経典に、人々は裕福になるため捧げ てもよい、といふ解説があつた。その方法はいいことを思ひ出す、ご飯を上げるのはよいが酒や動物を殺して捧げるのは駄目、ささげる べき神とさうではない神があり後者にはささげない、いつも返してくれる訳ではなくできないものは仕方がない。
質問で、鬼は餓鬼だが畜生とも考へられる(次回解説)。梵天は五階に分かれる。吉祥経は誕生日、新しい家に入るとき、入仏式などで 唱へるが葬式では唱へない。宝経はどこで唱へてもよい、葬式でもよい。ミャンマーで仏教徒だが神だけを信仰する人もゐて、前で踊つたり 動物をささげたりするが間違ひ。マンダレーなどでは大きな祭りもある。生まれた曜日を僧の名に用いる。オバサのオは日曜日、セイダッタ のセイは金曜。セヤドーのお寺はタンリンにありヤンゴンから橋を渡つてすぐ、橋が一つしかなく端を渡るまでが渋滞する。

十月十五日(水) お茶の時間
終了後、先月は参加しなかつたが今月はお茶を飲みに一階に参加した。ここの情報交換はなかなか面白いのだが参加すると家に着くのが 八時になる。学習会は三ヶ月くらい前からミャンマー語を勉強する人も参加するようになり、仏教に興味のある人が三名、ミャンマー語に 興味のある人が三名で座るとき偶然両方に分かれた。私は仏教の側だが両方の中間だつたので両方の話に加はつた。通訳の女性は ミャンマーの日本語科を卒業後に日本に留学しこちらで貿易会社に就職したさうだ。日本語科は英語に次いで人気があり、中国語はミャンマー 北部は別だがそれ以外の地域ではそれほど人気がある訳ではない。私がモン語はモン州では広く使はれるのか質問したが、若い人たちは ミャンマー語を話し絶滅の危機にある。モン語はミャンマー語の方言とミャンマー人は考へるようだ。インターネットで検索するとミャンマー語は シナチベット語族のチベッ・ビルマ語派、モン語はオーストロアジア語族のモン・クメール語派である。しかしミャンマー文字はモン語文字を 取り入れたものだし単語もモン語からかなり入つたから、方言と分類することはできる。方言には単語の違ひのほかに言語構造の違ひも 考へるべきだ。
一方の仏教側は、パオ森林僧院日本支院や、ワットパクナム日本支院、パオセヤドーはモン族かなどが話題になつた。たまたま私とタイの 関係が話題になつたのでラッカバンに三ヶ月滞在しワットマハタート、ワットパクナムを訪問した話からワットパクナム日本支院は成田から 遠いから佐原から貸し自転車で行つた話になつた。少数民族の話が出て首輪をたくさんして首の長い民族もあるといふ話になり、これだと 民族差別になるからパオセヤドーはモン族ですよねと私が話を転換し、前の通訳さんがパオセヤドーはミャンマー族だと言つていたといふ 話になつた。

十月十九日(日) ミャンマー祭り
今日はミャンマー祭りである。十時からセミナーの入場券を配布するといふのでそれに合はせて家を出た。しかし五分遅れさうなので走つたり 配布場所の光摂殿の場所をボランティアの案内三人に聞くのに判らずやきもきして何とか入手した。何しろ菅野田亜流の亜倍首相の夫人で ある安倍昭江さんが出演するセミナーである。あつといふ間に配布終了になるだらう。急いで駆けつけた。予めホームページで十八日には配布 しませんといふ記事も調べてあつた。
セミナーは午後一時なのでミャンマー横丁とミャンマー市場を観て歩いた。前者は展示と衣類等の販売、後者は食品販売である。前者にはNPO 法人メコン総合研究所、日本通運株式会社、ミツイワ株式会社、SMBC日興証券株式会社、HIS、拓殖大学、公益財団法人浄土宗ともいき財団 ビルマ応援の会など四十一団体が参加した。ミャンマー市場は飲食屋台二十五が参加した。
両方を三回ほど見ながらミャンマービール(缶で500円、輸入業者が入るからそれを除けば船賃を含めて300円か)を飲んだ。それでも十時半に 予定した行動はすべて終つた。セミナーは午後一時からなのでマンダレーステージ(といふ屋外で長椅子が15くらい)でミャンマー伝統音楽を取材 した人の説明と自動翻訳の発表を見た。自動翻訳は日本語とミャンマー語、タイ語、中国語、韓国朝鮮語、フランス語、ドイツ語、その他(英語)に 翻訳できる。文字も音声もできる。これは便利である。東京オリンピックに向けて実用化するさうだ。これは是非実用化してほしい。英語公用語たの 英語第二公用語だのと英語を使つて日本の西洋化を謀る帝国主義者どもを無力化できる。

セミナーが三時に終はり光摂殿の外に出るとかなり混んでゐた。ミャンマー市場からミャンマー横丁へは飲食しながらは禁止、持ち込みも禁止といふ 立て札が立つた。これはよいことだ。ミャンマー横丁は衣類などの販売もある。混雑に応じて機動的に対応できるのは事務局の優れたところである。

十月二十日(月) 「増上寺」と「浄土宗ともいき財団」
増上寺と浄土宗ともいき財団には深く感謝したい。浄土宗ともいき財団はミャンマー祭りの三主催者の一つであるばかりか、寺小屋支援運動を 七年前から進めてきた。私はセミナーを聴くまでミャンマーの寺小屋を知らなかつた。その内容は次章でお伝へし、ここでは同時開催の光摂殿 大広間天井絵無料公開と第三回天祭一〇八を紹介したい。
これらはミャンマー祭りとは別に開催された。二階大広間には百二十人の日本画家による天井画がある。これらを拝観しながら大広間及び廊下 続きの増上寺三階中広間、その他五つの小間で工芸品の展示販売を行ふ催しである。日本の伝統工芸の発展のため実に有意義な企画である。(完)


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