六百十八、アジアの伝統に生きる(ミャンマー経典学習会、その七)

平成二十六甲午
九月二十八日(日) 四ケ月ぶりの参加
昨日は五月十一日以来四ケ月半ぶりに経典学習会に出席した。六月が海外のミャンマー僧侶来日で中止になり、七月は在住僧侶の 帰国で中止になり、八月は私が体調不良で参加できなかつた。今回はカラニヤ メッタ スッタ(慈経)の三回目である。
昨日は私が 所属する労組の機関誌発送業務、学習会交流会で仕事が溜まつた。午前は組合事務所に寄つて残務をこなし、交流会で余つた枝豆、 サラダを食べその後、歩いて在日ミャンマー人の福祉文化協会に向かつた。余つた枝豆、サラダとは友誼組合の書記長のT女史から 差し入れがあつた。参加者全員で美味しくほとんど食べたが両方合せて一皿くらい残り冷蔵庫に入れた。
せつかく調理してくださつたものを無駄にすることはできない。残務業務の後にそれを食べてから出かけた。組合からは池袋駅に寄らず 254号を短絡して進む。初めての道だが十二時二十分に出て4Kmを四十分で歩き、開始前に到着した。

九月二十九日(月) アジアの生活の息吹
日本人が参加する都下の上座部仏教はゴータミー寺院、パオ森林僧院日本支院、S師の天台宗寺院、ミャンマー文化福祉協会の四つがある。 このうちゴータミー寺院はテーラワーダ協会が寄進したもので団体的、学術的である。パオ森林僧院日本支院はミャンマーで修行された 日本人比丘が指導されるもので瞑想修行者向きである。鈴木一生師はテーラワーダ協会を設立された方だが後に意見の相違から分離し、 パオ僧院で修行された。ミャンマー文化福祉協会は在日ミャンマー人が寄進したからアジアの生活の息吹を感じることができる。私が参加する 理由でもある。
経典学習会はときどきミャンマー人も参加する。昨日は本堂に自動車を寄進(ミャンマーの寺院へだと思ふが詳細は不明) するため多数のミャンマー人が集まり、そのためミャンマー人は比丘と通訳をしてくださる女性以外は参加しなかつた。しかしミャンマー語を勉強 してゐる方、奥さんがミャンマー人の方、ミャンマー文字を習得された方、合宿には参加してここは始めての方など多彩だつた。

十月一日(水) 戒壇
本堂が使用中なので経典学習会は戒壇で行つた。座布団を取りに行けず瞑想の代はりに雑談会になつてしまつた。以前は通訳の男性が 瞑想に熱心で戒壇のときは座布団を移動し、きちんと一時間瞑想をしたのだが帰国後は途中から入る人がゐたりかなり形骸化した。
戒壇ができたときの儀式にはミャンマーから宗教省の一番上の僧侶を呼んださうだ。ミャンマー人は日本での不動産の取得など慣れてゐない ので学習会を主催するIさんがS師の協力で元学習塾を見つけた、最初はお金が集まらず3400万円に下げてもらつたり納入を待つてもらひ 締め切り直前に集まつたなどの話があつた。在日ミャンマー人の浄財による貴重な寺院である。
高田馬場にミャンマー料理店が今でも集まるがかつては更にたくさんあつた。私もインターネツトで見たことがあるが、横丁全体がミャンマー 料理店だつたこともある。その理由に西武線沿線に寺院があつたと聞いたと私が質問すると、中井駅ださうだ。インターネツトで検索すると アパートの二階が本堂、三階が僧院でそのためミャンマー人が集まり料理店も多数できたが今はすべてなくなつた。
十九年くらい前に大久保駅の南側にミャンマー料理店があつたことをいふと二階には仏像があつたさうだ。言はれてみると仏像があつたような 気もする。

十月二日(木) ミャンマ祭り
インターネットで調べると大久保駅南口から東側である。私の食べたところは南側だから別のようだ。今年のミャンマ祭り2014にミャンマー文化 福祉協会も参加するさうだ。昨年高田馬場を訪問したときにインターネットの情報で、ここがミャンマー食材店か、ここがかつてのミャンマー料理店街 か、ここがミャンマーの協会かと見て廻つた。ミャンマーの協会は丁度休日で呼び鈴を押しても誰もゐなかつたが入口に昨年のミャンマー祭りの ポスターが張つてあつた。クリスマスの集会のポスターも貼つてあつた。西洋人がキリスト教を信仰するのは大賛成である。日本人でキリスト教を 信仰してみたいといふ人がゐればこれも賛成である。しかし西洋の猿真似で日本人がクリスマスを馬鹿騒ぎすることは反対である。だから昨年は ミャンマー祭りには行かなかつた(よく考へると訪問したのが年末で既に終つた後なので行かなかつた)。昨年のミャンマー祭りはは安倍夫人が参加 したさうだ。私が夫婦の考へ方が逆ならよいのにと言つて、皆で大笑ひした。

十月七日(火) 慈経
今回は慈経(カラニヤ メッタ スッタ)の三回目である。前回の学習会でミャンマーではメッタスッタといふ、メッタとは自分と他人の両方がよくなることと いふ解説があつた。今回は「生きとし生けるものは悉く、(中略)一切の生き物は安楽であれ」から最後までてある。(中略)の部分の大きいもの、 小さなもの、中間のものの部分は、まづ二つに分け更に今述べた三つに分けるから合計六つで大きくて平たいものには貝、亀などが入る、そのような 解説があつた。無色界、色界、欲界のうち梵天は無色界、色界に住む。そのような話もあつた。昭和四十五年辺りに創価学会の教学小辞典に無色界、 色界、欲界の図があつた。当時は創価学会も世界に展開した仏教だのと変なことを言はずに伝統教義に従つてゐたことを思ひ出す。
メッタを先に与へてはいけないのは(1)敵、(2)異性、(3)死んだ人(上の階層に行けなくなる)、(4)親、家族、知人。どんな人に先に与へるかは(1) 自分、(2)尊敬する人、(3)その次は誰でもよい。以上の話があつた。
休憩のあと質問の時間で私は、タイではマハーニカイとタンマユット派は衣の色が違ふがミャンマーではスータマ派とシュエジン派は衣が違ふかを 質問した。シュエジン派は茶色をよく使ふがスータマはそれほど使はない、普通の人は判らないが話し方、生活の仕方が微妙に違ひ僧同士だと判る といふ説明があつた。
他人がメッタを与へてゐるかどうかがどうすれば判るかといふ質問には(1)他人の顔、(2)言葉。怒りを持つ人は他人がメッタを与へても判らない といふ説明があつた。(完)


上座部仏教(21)
上座部仏教(23)

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