五百三十二、廣松渉氏の著書(その二「マルクスと歴史の現実」1)


平成二十六甲午
二月二日(日)「はしがき」
次に「マルクスと歴史の現実」といふ本を借りた。はしがきには次のようにある。
私は、マルクスの一字一句を金科玉条のように奉る教条主義を、この三〇年来、折々に戒めてきました。そのため、共産党系の論客などからは、「マルクス主義者を自称しながらも、マルクスの騙る者」と言わんばかりに非難されたりもしました。また、一部の”好意的”論者からは、「信者ではあるらしいが、積極的な主張内容はマルクスの枠を超えている」と評されたこともあります。しかし、近年では「最後のマルクス護教論者」という”称号(レッテル)”を”賜る”ことが多くなりました。

私は廣松氏と異なりマルクス主義者ではないがマルクスの言つたことのうち八割は正しいと思ふ。ニュートンの言つたことの八割は正しいと言つたときその人がニュートン主義者ではないのと同じである。
資本主義が地球を滅ぼさうとする今こそマルクスのどこが正しくどこが間違つてゐるかを明らかにすることは急務である。マルクスは百三十年前に亡くなつたから当時と今では世の中が異なるし学説も進んだ。廣松氏がマルクスの枠を超えるのは当然である。マルクス主義者でマルクスの枠を超える廣松氏とマルクス主義者ではないがマルクスの言つたことの八割は正しいと考へる世間一般の人(ただし世間一般の人はそのことを自覚はしてゐない)の間に相違はない。

二月二日(日)その二「第一章マルクスの見た時代」
第一章マルクスの見た時代で廣松氏は労働者の悲惨な生活を紹介した後に、
ではマルクス・エンゲルスは、資本主義というものを単にネガティブにだけ見たのかというと、必ずしもそうではありません。資本の文明化作用とでも言いましょうか、未開、野蛮な状態から文明化させていく側面も見ていたことを、この際、申し添えておこうと思います。

廣松氏がこのように書いたのは平成二年。ソ連が崩壊した後だつた。一方でバブル景気がはじけるのはその翌年である。まだ失業者の増大や非正規雇用が現れる前である。更には地球温暖化が明らかになる遥か前である。廣松氏が資本主義に甘いのは理解できる。廣松氏と現在でさへこれだけ差がある。マルクスの時代と今では別世界くらい異なるし、ましてやマルクスは西洋の立場で世の中を分析した。アジアにそのまま当てはまらないのも当然である。廣松氏は
最近のソ連や東ヨーロッパでの問題とも関連してくるのでちょっとだけ申しておきますと、マルクスやエンゲルスは資本主義の発展を通じて、いわゆる民族問題、いまわれわれが意識するようなかたちでの民族問題というのは、解消すると見越しておりました。

といふが資本主義の発達で世の中が急変し対策が追ひつかないことが労働者の悲惨な生活に結びついたことを考えると、非西洋地域の資本主義による西洋化は非西洋地域の生活を破壊することにマルクス・エンゲルスは気づかなかつたとアジアは主張しなくてはいれない。尤も廣松氏の主張は東欧での民族対立についてであり、これは共産党政権が崩壊したことに対策が追ひつかなかつたことが原因である。

二月九日(日)「第二章資本主義批判の視角、その一(人間疎外)」
戦後は資本主義が発達することにより人々の生活が向上した。これついて地球温暖化が現実の問題となつた現代なら労働とは太陽光を植物の光合成で固定されたエネルギーに変換しそれを人間の活動のために加工する行為と定義し、化石燃料の消費は過去世代の遺産の消費だから現代はブルジョアジー世代だと定義することができる。しかし廣松氏が著作したのは二十四年前だから
社会主義や共産主義の思想のすべてが資本主義批判の基礎視角を大衆の貧困化という問題に向けたわけではありません。もっと別の視角から、ないしはもっと深い洞察から、社会主義・共産主義を唱えた思想的流派も存在しました。

そしてマルクスももつと根本的・本質的なところから発想されたといふ。
こう申しますと、早わかりをされるむきは、「人間疎外」という問題をさっそくに思い浮かべられるかもしれません。マルクスに限らず、ヘーゲル左派から出発して共産主義者になった思想家はたいていがそうなのですが、フォイエルバッハの一種独特の「人間」主義哲学、その視角から、近代ヨーロッパ社会において深刻化してきた状態を「人間疎外」ということで捉え、疎外論的発想と論理で現状批判をおこなった、という経緯があります。

しかしマルクスは後に疎外論を批判的に克服するようになつたといふ。廣松氏はその理由を述べずに貧困と根本的な問題に移るが、私は疎外論こそ重要だと思ふ。資本主義が発展して人間疎外が生じた。資本主義はその矛盾を化石燃料消費で誤魔化さうとして地球疎外が発生した。だから世界中の宗教、伝統主義、社会主義が合同して資本主義を克服し自然経済にしようといふのが私の構想である。

二月九日(日)「第二章資本主義批判の視角、その二(貧困と根本的な問題)」
廣松氏はゴータ綱領を引用し
奴隷制の秘密をついに見破って叛乱を起こした奴隷のあいだで、時代遅れの考え方にとらわれたひとりの奴隷が、叛乱の綱領に「奴隷制度は廃止されなければならない。なぜなら奴隷制度のもとでは、奴隷の給養はある低い最大限を超えることができないから」と書くようなものである。

奴隷制は根本が間違つゐるのであり低い水準を超えられないことが問題ではない。これは同感である。そしてマルクスは資本主義が賃金奴隷制だといふ。その場合の解決法として共産主義を目指すなら世界全体を共産主義にして世界全体で分業をなくす必要がある。しかし現実には無理だが二十四年前だから廣松氏は対策を述べてゐない。対策としては自然経済しかないと思ふ。自然経済とは個人商店でできることは個人商店で行ひ、集団事業の賃金は個人商店より低くする。考へてみれば昭和四十年までの日本は自然経済だつた。

二月九日(日)「第二章資本主義批判の視角、その三(自由と平等)」
自由・平等というような問題は、マルクス主義が軽視していた問題だと言われ(中略)ロシア革命のあとのボリシェビキの政権のあり方に関して、ローザ・ルクセンブルクあたりがある種の批判をしたのに対してトロツキーが答えたという経緯などもありますし、それからまた、コミンテルンの時代にも、統一戦線戦術以来、西欧その他の共産党では、自由・平等ということをポジティヴなスローガンとして掲げたという事情などもあります。

それに対し廣松氏は自由や平等という問題にある意味での重要性をマルクス・エンゲルスは承知したうえで
自由主義、平等主義の単純な延長で共産主義を発想したわけではない。この点はマルクスの大きな思想的な特徴だと言っていいと思います。
(前略)フランス社会主義や共産主義が自由・平等というスローガンから出てきたというような教科書式の議論も、すでに不正確なところがあります。自由だ、平等だということがよっぽどプラスの価値であるかのように思っている連中が、その枠の中に入れて社会主義を説いたという事実はたしかに存在します。それは私に言わせると、初期共産主義の諸派が、共産主義こそが真のキリスト教であると主張したのと相通じるところがある。キリスト教をプラスの価値としてみんなが認めているところでは、俺の立場こそが真の・・・ということで、現に支配的なある種の価値やイデオロギーを引き受けるかたちで議論する。

これは廣松氏の主張に全面賛成である。今の日本で自由を叫ぶことは意味が無い。江戸時代や戦前に叫ぶなら偉い。

二月十一日(火)「第三章共産主義革命の構想、第四章マルクスの実践行路」
第三章は四八年革命(フランスの二月革命、ドイツなどの三月革命)の混乱前後である。当時の戦術は今では時代に合はない。例へばブルジョア革命、プロレタリア革命といふ分け方は日本には当てはまらない。明治維新は黒船の襲来と西洋の思想の流入、経済の混乱から発生したものでブルジョア革命ではないしだからといつてブルジョア革命がなかつたとは言へない。西南戦争や憲法発布や議会開設はブルジョア革命の一端と言へる。第三章の内容はマルクスのうち今に当てはまらない部分を集めた。さう考へるべきだ。

第四章はマルクスがプロイセンからパリ、次いでロンドンに亡命した後の活動について書かれてゐる。亡命後は主張が過激になる。まづこの点に注意しなくてはいけない。次にフランスの普通選挙でナポレオン三世が登場し普仏戦争ではパリコンミューンの敗北もあつた。だからマルクスが普通選挙に反対したのは当時の事情であり、今でもそれが正しいと思つてはいけない。
この本は平成二年に出版されソ連解体の前だから歴史上の事実を書くに留めマルクスの時代と今が異なることを明記はしてゐない。しかしマルクス・エンゲルスの国会の演壇を活用せよといふ主張により
マルクス・エンゲルスが議会主義的な路線に転換したというように短絡して受け取られてはなりません。(中略)確かに、マルクスは、一八七一年にいちはやくクーゲルマン宛の手紙のなかで、アメリカとイギリスに関して、議会を通じて「平和裡に」プロレタリア政権が樹立されうる可能性を認めました。エンゲルスも、晩年には、議会制民主主義の定着している西欧の諸国について議会を通じての政権獲得の可能性を認める発言をしておりますし、市街戦型の暴力革命に挑んで勝利することが至難になったことを述べてもおります。
一八七〇年代末のエンゲルスは、しかし、労働者階級が国会に進出していくよりも早いテンポで革命的危機が訪れるものと予測しておりました。それゆえ、少なくともこの時点では、議会を通じての「平和革命」が展望されていたはずはありません。


とその時点での暴力革命を肯定することにより将来またはエンゲルス晩年の議会主義を肯定してゐる。


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