五百三十、ニセ新聞東京パンフレット批判14(拝米拝西欧)


平成二十六甲午
一月七日(火)「悪質な偽善記事」
ニセ新聞東京パンフレットの本質は拝米拝西洋である。本日の朝パンフレット(自称朝刊)の文章(自称記事)の1ページ目(自称一面)の右斜め上文章(自称トップ記事)で露骨にそのことが判る。
見出しには先生が「脱暗記」教科書とあるからこれには私も全面的に賛成である。ところが出版社を設立しただの執筆陣は元教師で構成だの検定に合格したら十六年度から中学生に教科書が届くだのと無駄な内容が多く肝心の教科書の中身に就いて唯一記述したのは
尤も力を入れたのが歴史の具体的な場面。例えば日露戦争では、これまでの教科書は時系列の概要の説明にとどまるが、学ぶ会の教科書は概要説明の前に、日露戦争の戦場となった中国(当時は清)の民衆の姿から説明を始める。「日本とロシアの戦争なのに、なぜ清の人が苦しむの?」といった疑問を生徒に抱かせ、授業で意見を交わすのを想定している。


一月八日(水)「偏向時代に意見を交すには前提が必要」
日本は戦前も戦後もすべて偏向してゐる。そして偏向が続くとそれを意図的に利用する堕落既得権者が出てくる。これは日本だけではない。世界中がさうである。
偏向する中で偏向しないには(1)江戸時代、戦前、戦後の全体を見ることと、(2)変つた直後から堕落が酷くなる直前までを見ることである。戦後は米ソ冷戦がありそのため昭和三十年代は戦後の偏向はそれほどではなかつた。だから日本が出発点とすべきは昭和三十年代である。高度経済成長の問題点も見えてくる。

昭和三十年代やその影響が大きく残る四十年代なら、当時のロシアは帝国主義だつたし日本も帝国主義の英国と同盟を結ぶことで帝国主義の足を踏み入れた。日露戦争が終つた後で日本は完全に帝国主義になつた。さう云ふ結論になるだらう。
しかし昭和三十年代から読売は拝米、朝日は社会党の無害化を狙つた記事を乱発させてきた。だから米ソ冷戦終結後に日本は一気に偏向した。今、前提なしに「日本とロシアの戦争なのに、なぜ清の人が苦しむの?」と生徒に聞けば、米英仏は正しく日露は悪い国だといふ結論になるのは見えてゐる。教科書全体のなかでその部分だけを抜き出して文章(自称記事)にするニセ新聞東京パンフレットの悪質さが現れた。

一月九日(木)「満洲の特殊性」
当時の満州は清国領ではあるが本土とは別の扱ひだつた。そしてロシア軍が進駐し朝鮮半島まで狙ふ勢ひだつた。日本はロシアと何回も会談した。しかしロシアが拒否したため戦争になつた。教科書にそこまで書いてあるかどうかは不明だが、東京パンフレットだけ読むと日本が悪いことになる。東京パンフレットはこの教科書を読んだ人が見る付属資料ではない。一応は関東地方の住民向けである。実に悪質である。

一月十二日(日)「脱暗記には賛成、その方法には反対」
教科書を執筆した会の代表の方は
時系列の教科書では、試験が終われば子どもは忘れてしまう。具体的な場面から始めることで、子どもにその時代のイメージを残したい
と語る。脱暗記には賛成だが時系列を崩すことには反対である。個々の場面の羅列ではそれこそ暗記である。時系列だからこそ物語性が生まれて丸暗記を脱することができる。各地域、各大名の先進性、特殊性を知ることもできる。
或いは代表の方もその点は十分に配慮したのかも知れない。しかしニセ新聞東京パンフレットに載ると発言内容の一部だけを抜粋され偏向した内容になつてしまふ。だから本文とは別枠の点線で囲つた部分には
帯や扇を販売する権利を持ち室町時代に活躍した女性や油商人、戦国時代の村人を取り上げる予定だ。(中略)「英雄だけでなく、地域で生産にいそしむ人たちが登場すれば、子どもたちに歴史を身近に感じてもらえるのでは」

この見解には賛成である。点線で囲つた資料集のような部分にはさすがのニセ新聞東京パンフレットも偏向工作を及ぼせなかつた。そしてニセ新聞の首を絞めることを書いてしまつた。
一四年度の中学教科書検定からは、通説的な見解がない近現代の事象について、政府見解の記載を教科書会社側に求めるなど検定手続きが厳格化される。
通説的な見解がない近現代の事象について拝米拝西洋の立場で偏向文章を書き連ねるのがニセ新聞東京パンフレットだからだ。

一月十二日(日)その二「十一日の筆洗」
十一日の朝パンフレットの筆洗といふ小型文章(自称コラム)は駄文の典型である。文章の中身が無い。
幕末、明治期の歌舞伎役者、七代目の市川団蔵は芸に厳しい人で門弟が演技指導を求めると「自分で考えろ」としか言わない。それでやってみると「面白くない」と言う▼(中略)程度に差はあれ、伝統工芸から最新の工業技術まで日本には技術は教えられるものではなく、自分で努力し、「盗むもの」「体得するもの」という考え方が残っている▼三菱マテリアル四日市工場の爆発事故。

まづここで問題なのは芸と工業技術は違ふ。だから市川団蔵は
教えたところで、オレのやる通りにできるわけではない
とも言つてゐる。次の問題点は西洋猿真似の結果、日本では組織で仕事をすることが減つた。悪いのはプラザ合意であれ以降、経営側は成果主義だ解雇の自由だと都合のよい部分だけ西洋のやり方を導入してきた。組織や人間関係の崩壊が原因でそれは
大量退職した団塊世代からのノウハウ継承がうまくいっていない可能性もあるという▼
に現れてゐる。勿論日本のやり方にも悪い点はある。それは西洋の猿真似ではなく日本国内で解決すべきだ。少なくとも今回の事故は企業経営や組織運営で西洋の猿真似を行つた結果で起きた確率のほうが高い。それは会社名にマテリアルなどと軽薄な英語を用いたことにも現れる。会社名や組織名は従業員の士気に係はる。大切である。
それなのにこの小型文章(自称コラム)は日本には技術は教えられるものではなくと西洋の猿真似をしろと言はんばかりである。拝米拝西洋の主張はいつ読んでも醜い。(完)


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