五百九(甲)、一水会


平成25年
十一月二十四日(日)「成田山新勝寺で思つたこと」
半月ほど前に成田山新勝寺に行き書道博物館に入館した。入つた正面に原拓紀泰山銘がある。中国の泰山にある碑の拓本である。それに因み泰山の観光名所や地図も展示されてゐる。それを見たときに思つた。日蓮関係者とは手を切らう。なぜなら狭量な人が多い。
数年前に明治の集ひに出席した。終了後に私は帰つたが実行委員などが中華料理屋で打ち上げをしたところ、こんなところで食へるかと帰つた人たちがゐたさうだ。勿論その他の人たちは打ち上げを行つたから日蓮関係者に問題はないが、今年また同じ事をいふ輩がゐた
それと比べて成田山は違ふ。真言宗は密教だからチベット仏教に近い。ダライラマの作つた曼荼羅も飾られてゐる。しかし中国も展示する。弘法大師の留学先なのだから当然と言へば当然だが、一部の日蓮関係者とは雲泥の差がある。
ここで問題になるのは今まで田中智学門下を経由して民族派の人達と繋がりがあつたが今後はそれが切れてしまふことだ。ここで思ひ出したのが一水会である。これまで当ホームページで取り上げたこともある。といふことで一水会に連絡し本日行はれた三島由紀夫、森田必勝両烈士追悼四十三年祭に列席した。
私と一水会は無縁ではない。一水会フォーラムといふ毎月行はれる講演会でうちの労組の分裂前の書記長(現、向ふ側の委員長)が労使問題で講演してゐる。同じく雨宮処凛さんも出演してゐる。雨宮さんが現在所属する労組とは毎月のように顔を合はせるし、うちの労組が以前所属した全労協全国一般系労組の支部にも雨宮さんは出席してゐる。西部邁氏、長谷川三千子氏、八木秀次氏、小林よしのり氏など当ホームページて取り上げた方々も講演されてゐる。

十一月三十日(土)「月刊紙レコンキスタ」
会場で「レコンキスタ」といふ一水会の機関紙を販売してゐたので購入した。極めて良質な新聞である。憲法解釈の変更について
むしろ、本件の目処が立つことによって本格的憲法改正がトーンダウンするようなら、そもそも安倍政権が目指す憲法改正は自主独立のためのものではなく、対米従属をより深化させるためのものではないかと疑われることになる。

私もこの見解に賛成である。

十二月三日(火)「アブハジア共和国」
一面にはロシアのプーチン大統領がアブハジア共和国に宛てた祝電も掲載されてゐる。私はアブハジア共和国といふ国を知らなかつた。インターネツトで調べるとグルジアはアブハジア自治共和国として自国領を主張するが事実上は独立状態にある。五年前にロシアが承認しその後、数カ国が承認した。
日本は承認してゐない。といふか欧米が承認すると日本も真似をして承認する。日本のマスコミは欧米が承認しないものを無視する。だから日本国内では知られてゐないのだつた。
アブハジア共和国の人口は二十万人前後。ソ連時代は人口五十二万人。そのうち四十八%がグルジア系(多くはグルジア系メグレル人)、十七%がアブハジア人、少数民族としてロシア人、アルメニア人、ギリシャ人などが居住した。二十年前にグルジアからの独立紛争が起き、八十%以上のグルジア系が国外へ脱出したほか、アブハジア人の流出も起きて人口が半分以下に減少した。
インターネツトで検索するとウィキペディアがまづ先頭に表示される。しかしウィキペディアは欧米の影響が強過ぎる。日本国内の事柄でも欧米の影響を受ける。アブハジア共和国についてもブリタニカ百科事典オンラインを引用し「グルジア系住民減少の原因として、民族浄化の存在を指摘する声も存在する」とあるが民族浄化とは何か。二十%のグルジア系住民が残留する以上、紛争を避けたのではないのか。西洋の野蛮な発想が民族といふ言葉を生み民族別の国家を人造し紛争を生んだ。
第一次世界大戦の時にプロシアやオーストリアは国内に多民族を抱へてゐた。両国を弱体化させるために民族別国家といふ概念を人造したといつてもよい。その証拠にアジアやアフリカは植民地のままだつた。
ユーラシアは陸続きだから多彩な言語、宗教の人が古来共存した。この状態が一番よい。西洋の野蛮な思想が民族対立を生んだ。

十二月六日(金)「一水会に学ぶ」
私は今までアジアの非西洋性を強調してきた。世界が欧米化するなかで日本だけが独自性を保つことは出来ないためだ。アジア全体が独自性を保つことならできる。
一水会は欧州の民族主義者とも交流を重ねて来た。日本で民族主義者といふと偏狭、排他を連想する。しかし本当の民族主義とは各地の住民が西洋近代文明に統合されることなく生活することだ。だから一水会から欧州の民族主義者とも連携すべきことを学んだ。
米ソの冷戦が終結した以上左翼と右翼といふ呼び方は意味がない。だから旧左翼、民族派といふ呼び方をしてきた。旧左翼と左翼崩れはまつたく違ふ。しかし日本の偏向マスコミのせいで違ひを自覚しない人が多い。旧左翼とは冷戦時代の左翼の思想をそのまま保つことで言はば民族解放派である。
今後は旧左翼を伝統左翼と呼び、伝統左翼と民族派を併せて呼ぶときは民族独立派あるいは対欧米独立派と呼ぶのがよい。これが今回一水会と交流しての収穫である。この収穫を基に日本独立のために今後も活動しようと思ふ。(完)


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