五百六、ニセ新聞東京パンフレット批判11(世界宗教者会議での原発反対発言の記事)


平成25年
十一月二十三日(土)「共感できるのは2/3ページ中85文字だけだつた」
十七日のニセ新聞東京パンフレットの「こちら特報部」に世界宗教者世界会議で日本代表団が原発問題を発言する記事が載つた。2/3ページも使ひながら、共感できたのは次の八十五文字だけだつた。
キリスト教関係では一一年十一月、国内のカトリック教会でつくるカトリック中央協議会が原発の即時廃止を求める生命を出し、「清貧の精神」に基づく質素な生活様式に戻すよう訴えた。

私のホームページは宗教問題を度々取り上げるし、原発反対の特集も何回も組んだ。だからこの2/3ページには諸手を挙げて賛成できるはずなのに、実際には八十五文字しか賛成できない。その理由を考へて行きたい。

十一月二十三日(土)その二「題とは裏腹に半分だけでしかも曖昧な発表」
記事の右半分は日本代表団の発表内容、左半分は国内の仏教、キリスト教、神道、新宗連の昨年や一昨年に出した声明である。ここからして世界宗教者平和会議の記事は半分なのだから雄大広告ならぬ雄大見出しである。純米酒と言ひながら米は50%しか使はないようなものだ。
その右半分の日本代表団の発表の抄訳たるや
・福島第一原発事故が世界に大きな影響を及ぼしていることを深く受け止め、憂慮する
・「原発は安全に管理できる」との思い上がりを反省し、安心して暮らせるよう宗教者として取り組まなくてはならない
・核廃棄物の処理方法は依然不明瞭。原発に頼り続けることは将来世代に私たちの生活の後始末を負わせることになる
・日本は唯一の被爆国で、原発事故の放射能汚染も深刻な問題を惹起している。核兵器と原子力エネルギーは、「あらゆるいのちを脅かす大きな課題」と深く受け止めなければならない


これは右半分の約15%を占めるにすぎない。残りは発表内容を取りまとめた日本委員会平和研究所所長の真田芳憲中央大名誉教授(イスラム法)の「解釈の仕方にもよるが事実上、原子力エネルギーに『No』を付き付けた内容といえる」などの記事で、この部分は極めてよくないがこれは真田氏の責任ではない。真田氏の発言の一部を引用した中日パンフレット東京本社の責任である。尤も大会テーマの「他者と共に生きる歓び」の「他者」を過去や未来の世代を含めた全ての人間たちだけではなく、他の生物などにも広げとらえることにした。といふ記事もありこれは85文字に次いで共感できる内容である。しかし発表内容抄訳にそのことが載つてゐない。実にニセ新聞パンフレットは低調である。
もし私が発表者若しくは発表内容執筆責任者なら次のように言ふ。
・中性子による原子核の人為的分裂は人類に許された範囲を超へた重大犯罪である。
・水素原子の人為的融合はこのまま人類が滅びると予想される以前に実現の可能性は低いが、もし可能となつた場合は地球環境への影響を十分に調査の後に実行すべきだ。
・広島、長崎への原発は人類史上最悪の戦争犯罪ではあるが、当時は帝国主義の時代だつたことを踏まへてその罪を許し、しかし二度と原爆が使はれない世界条約及び制裁機関を十年以内に作ることを日本国内の仏教、神道、キリスト教、儒教道教イスラム教その他の宗教を代表して要求する。
・化石燃料の使用は原爆に次ぐ人類の大罪であり、速やかに停止することを要求する。
・アメリカ大陸で移民が主導権を握ること及びアメリカ大陸が世界の主導権を握ることは天主神仏諸霊の意志に反することであり、速やかに移民を停止するとともに現在の居住する人民は例へばアメリカ合衆国に於いては十三州に移動するなど産業革命の前の状態に戻すことを要求する。

かなり穏健な内容である。この程度は主張すべきだ。

十一月二十九日(金)「保守を悪い意味に使つてはいけない」
記事の左半分は「宗派を超えて世界にアピール」と見出しが付いてゐる。しかし全然宗派を超えてゐない。しかもそのアピールたるや偽善者どもが再三言ひ続けた内容でまつたく世界にアピールしてゐない。
全日本仏教会は一一年十二月、「原発によらない生き方を求めて」と題する宣言文を出し、命を尊重する仏教精神に基づいて「原発への依存を減らし、原発によらない社会の実現を目指す」と訴えた。「最終的には全ての原発をなくしていきたい」
宗派を超えたのはこれだけだが化石燃料の使用停止が抜けてゐる。原発を減らしてもその分が化石燃料で補つては大量の野生生物が死滅する。次に
宗派別では、曹洞宗が同年十一月に見解を発表し、「原発は速やかに停止し、再生可能エネルギーに移行することが望ましい」と主張。真宗大谷派も十二年四月、全原発の運転停止と廃炉を求める見解を発表した。
原発を停止し再生可能エネルギーでは駄目である。原発と化石燃料を停止し再生可能エネルギーに移行しなくてはいけない。東京パンフレットを批判すれば各宗派の見解を羅列しただけで全然宗派を超えてゐないではないか。
一方、神道系では全国の神社を統括する神社本庁は見解を表明していない。(以下略)
新宗教六十五団体が加盟する新日本宗教団体連合会(新宗連)も(中略)「原発をどうするべきかについてはあいまい」(担当)という。
杉谷理事長は「多くの宗教は保守的で、新しいことに取り組みづらい。(以下略)」

保守はよい意味に使ふべきだ。杉谷氏のいふ保守は既得権守旧あるいは官僚的の意味だ。過去から続いた地球が今将に滅びようとしてゐるのは人類が保守を捨て新しいことのみを求めたからだ。保守はよい意味に使はないと人類と多くの生物が滅びる。

十二月二日(月)「島薗上智大教授のインタビュー」
上智大教授島薗氏のインタビューはまつたくなつてゐない。しかしこれは島薗氏が悪いのではなく、ニセ新聞東京パンフレツトのインタビューの仕方が悪い。島薗氏は
国家や行政機関が解決できない問題に、宗教だからこそ発言できる場合もある。
これは私も三割くらい同意見である。そして国家や行政機関が解決できない問題とは地球滅亡を停止させることである。そのためには資本主義といふ悪魔の思想を止めなくてはいけない。インタビューの仕方では島薗氏もそのように答へたと思ふ。原発を停止させるのは当然だが、根本は化石燃料の使用を停止させることだ。
正しく言へば宗教だから発言できるのではなく宗教が発言しなくてはいけない。そして資本主義を停止させるべきだ。そのためには伝統宗教が一致し次いでプロテスタント、イスラム過激派など新興宗教を納得させて同盟勢力と為し、次いで民族派、アジア共産主義と共同すべきだ。(完)


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