四百九十三、中小労組の全国集会(今年は愛国党本部横から始まつた)


平成25年
十月十八日(金)「福島到着まで」
今年の全国集会は明日の午後からで山形県上山温泉で行はれる。明日朝の新幹線で間に合ふが私は福島市内の原発影響を調査のため、今日深夜のバスでまづ福島に行くことにした。会社が終了の後に一旦自宅に帰り、入浴と夕食を済ませる筈だつた。ところが今日は労組の執行委員会がある。そこで執行委員会終了後に組合事務所近くの銭湯に行き夕食も済ませてバスに乗ることにした。二泊二日の旅である。
事務所に一番近い銭湯は君の湯である。組合事務所を出て10分ほど歩くと到着した。なかなか感じのよい銭湯である。東京都浴場組合を数年前に脱退した。だから普通の銭湯は450円なのにここは420円である。インターネットで調べると、かつて隣に愛国党の本部があり赤尾敏が若い党員を連れて銭湯に来て、湯船の中で講義をしたさうだ。
銭湯を出た後は近くのコンビニで夕食とバスの車内で寝られるように日本酒パック(105円)を二つ購入した。
バス乗り場は新宿のセンタービル裏である。深夜になると西新宿駅からの地下道とセンタービルの表側は閉鎖される。私は時間があり散策しただけだが初めて来る人は慌てることだらう。バス規制が厳しくなり路上受付ができなくなつたためだが、中小業者を圧迫してはいけない。 今回は独立三列のバスを申し込んだ。一昨年四列のバスに乗つたところよく寝られなかつた。今回は値段は高いがよく寝られるだらう。ところがバスは空気バネが装備されてゐないやうで高速道路の繋ぎ目を通過する度にガタンガタンとかなり大きく振動する。何とか寝つくうちに一回目の休憩に入つた。これ以降酷い肩こりに悩まされた。見ると椅子の背もたれに小型まくらが付いてゐる。これが悪さをして肩が凝る。それが判つたからまづ浅く腰掛けてまくらの下に頭が当たるやうにした。一時間して今度はまくらを下げて頭がまくらの上に行くやうにした。二回目の休憩は時間調整を兼ねて一時間停車した。走行音に慣れたから停車するとかへつて寝られなくなる。

十月十九日(土)「福島市内」
福島には5時半に到着した。早速市内を調査した。古い建物が多いのはよいことだ。プラザ合意とバブル経済以降、東京はやたらと豪華な建物が多くなつた。飲食店街には韓国スナックと中華料理が目だつた。反中反韓感情は拝米マスコミによつて作られたことがよく判る。
信夫山の公園部分が除染作業(写真)で立ち入り禁止になつていた。信夫山の神社前に放射線量(写真)の書かれた表示板もあつた。自民党議員のポスターに復活ということが強調されていた。東北電力福島支店の建物はやたらと立派である。社民党の前を歩くと3階建の建物の二階だけが社民党、三階は貸会議室、一階は空き家だつた(写真)。
本当は図書館で資料も見たかつたが山形線普通列車は八時十二分に乗らないとあとは昼までない。新幹線だと11時31分で間に合ふ。迷つたが上山市内も見たいので普通列車に乗つた。二時間半ではあつたが調査の甲斐があつた。放射線量を調べなくて調査と言へるのかといふ意見もあらう。しかし放射線量は市役所その他が調べてゐる。我々がわざわざ調べる必要はない。

十月十九日(土)その二「上山へ」
福島駅で改札を入つたあと福島交通と阿武急のプラットホームに向かつて歩いたとき隣のホームで発車合図が鳴つた。高原列車のメロディで音域がよくホームに誰もゐないので声を響かせて「汽笛の谷間に山百合揺れて」と歌つてみた。発車合図はすぐ終るから一番ではなく三番を歌つたのだが四小節目で突然高くなつた。これはすぐ終ることを示す。私もそのまま歌ひ続けたら前方50mに老夫婦が後を振り返つた。すぐ終るのだからそのまま歌ひ続けたら暫くしてまた振り返つた。事情は判つてゐるのだから二回目は振り向く必要はないではないか。それはともかく結局14小節あり引つ込みが付かず最後まで歌つてしまつた。引つ込みが付かないとき双方をうまくまとめられれば無駄な闘争が防げる。ふとそんなことを思つた。
階段を上がり、かつての客車留置線、貨車仕訳線、客貨車区があつたのはどの辺だらうと考へた。私は鉄ヲタではないから社内のポスターで「はやて」「こまち」「つばさ」といふ列車名のあることを初めて知つた。私の知つてゐるのは「あおば」「やまびこ」だけである。昔の文化は鉄道も含めて後世に伝へる。それだけである。
階段を降りて山形線各駅停車に乗つた。乗車してゐると三十数年に家族で山形に来たことを思ひ出した。特急の「やまばと」であらう。赤湯、上山に停車したことを今でも憶えてゐる。今回は初めてその上山に来た。

十月十九日(土)その三「上山温泉散策」
上山では眉川橋の足湯を体験ののち、お城の西側を通り武家屋敷に行つた。三輪家に入館した。中流武士だが六部屋でうち表の三部屋は来客用といふ説明があつた。今は普通の家でも四部屋くらいあるから現代は如何に贅沢で永続不能かよく判る。
鶴の休石の足湯は見るだけに留め、上山城公園の足湯に浸つた後、栗川稲荷神社、春雨庵を見て駅前に戻つた。途中、湯町共同浴場、二日町共同浴場の前を通つた。入湯料150円なので入りたかつたが、時間の都合で通過した。

十月二十三日(水)「今年は欠席を希望した」
今回の特集は書いた日ではなく起きた日を記入した。だから日付をだいだい色にした。今日だけは赤で書いた日である。
今年の交流会は欠席しようと思つた。「今まで参加したことのない人に」「若い人に」と執行委員会で呼びかけたが希望者が現れず、私も出席することになつた。私が欠席したい理由は時間の有効利用である。二日あれば特集の一つか二つ分を作れる。68歳まで今の調子を保てたとしてあと十年。世の中のためホームページをもつと作つて行きたい。


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