四百八十八、「1.ミャンマー瞑想経典学習會、2.ミャンマーで修行した日本人上座部佛教僧」その二


平成25年
十月九日(水)「ミャンマー瞑想経典学習会」
日本語の堪能なミャンマー人が帰国するので、今回のミャンマー瞑想経典学習会はぜひとも参加しなくてはならない。九月二十九日(日)、三十日(月)は労組によるブラック企業電話相談を行つたが、二十九日はミャンマーに出席し、三十日の午後に休暇を取り電話相談に参加した。それほど今回は重用な学習会であつた。しかし肝心のミャンマー人が来ない。帰国のことで頭が一杯で忘れてゐる様子だつた。
30分遅れで瞑想会を始めて学習会は予定通り始まつた。私は肩こりが酷く瞑想会が短くなつたのは助かつた。この日は朝一番であきたけけけ祭りの二回目をぎりぎりまで見て電車に乗り、急いで会場に入つた。
今回は長部経典で62種の邪見についてであつた。漢文では梵網経と呼ばれるお経である。私は今まで梵天といふ言葉は一人の神だけだと思つてゐたが、梵天界、更には梵天界が幾つも分かれる場合にも用いることを知つた。

十月十一日(金)「愛国党通り」
日本人上座部仏教僧の瞑想会はその翌週だつた。しかも今回から午前中はアビダンマの勉強会も行ふといふ。ということで朝九時までに文京区立の交流館に行つた。坂下通り、別名愛国党通りは池袋サンシャインビルの横に繋がるので、今回は試しに池袋で降りてサンシャイン横から坂下通りを歩いた。
確かこの辺りに有名なラーメン屋があり一回食べたことがある。そんなことを思ひ出すうちに都電の踏切を渡り銭湯の前に至つた。銭湯の横には立体駐車場があり、7月末で閉鎖するといふ赤尾興産株式会社の張り紙があつた。昭和の時代が遠くなつたことを感じた。

十月十二日(土)「アビダンマ講座」
「チェタスィーカには52種あり、そのうちのアクーサラチェタスィーカは14種あります」「チェタスィカだと通じない。クサラは日本人が発音するとクが子音のみで通じない。クは長音ではないがクーサラと発音するとよい」。講義が始まるや私は真つ青になつた。場違ひなところに来てしまつたのではないか。私は座禅歴二十年、上座部仏教歴十八年である。それなのに何を言つてゐるのかまつたく判らない。配布された資料を見ながら二時間ほど聞くうちに少しずつ判るようになつた。そして午前の講義は終了した。
昼は近くの100円ローソンで買つた。愛国党通りを池袋方面に歩き公園を探した。豊島郵便局の横に至つた。この郵便局はうちの労組が団交申入書を特定記録で出すときによく来る。といふことで愛国党通りを媒介して労組とミャンマーが結びついたのであつた。道路の案内図を見て、春日通りを渡つたところの公園で昼食を食べた。

十月十二日(土)その二「肩こり対策」
午後は瞑想の時間である。瞑想と座禅は同じものである。上座部仏教では瞑想、禅宗では座禅と呼ぶ。一時間行つたら30分休憩するが私はひどい肩こりになつた。会場の区立交流館はお年寄りが多いため、無料のマッサージ椅子がある。私は10分間これを使つた。別の人が隣にゐたので交代してあげようと思つたからである。
次に外に出て豊島岡墓地の裏側まで走つた。そのまま左折して坂を下り坂下通りを走ると愛国党本部跡に至つた。立体駐車場は朝に見たが、横に細い路地がある。立体駐車場の裏は民家が一列ありその更に裏に平面の駐車場5台分くらいがある。ここにも赤尾興産の駐車場閉鎖の張り紙があつた。だうやら立体駐車場は本部跡、平面駐車場は宣伝カーの駐車場だつたようだ。
会場に戻ると10分しか経過してゐない。マッサージ椅子を再度10分使つた。二度目の瞑想の後も10分使つた。といふことでこの日は、マッサージ椅子30分、豊島岡墓地裏から愛国党本部跡経由会場まで走るのが肩こり対策だつた。私の場合はコンピュータを使ふ時間が長いから瞑想は無理だといふのがこの日の結論になつてしまつた。

十月十三日(日)「ミャンマー人通訳最後の学習会」
あと一回経典学習会にミャンマー人の方が通訳してくださることになつた。残念ながら私は労働組合の全国交流会があつて参加できない。長い間ありがたう。(完)


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