四百六十三、戦争肯定論者山口氏(山口二郎氏批判、その十四)


平成25年
八月五日(月)「八月四日のコラム」
山口二郎氏の昨日のコラムには重大な問題点がある。
もうすぐ八月十五日が来る。ナチスの盟邦として戦ったわが国の過去を直視しなければならない。

もし連合国の盟邦として戦つたなら過去を直視しなくてよいのか。当時の米英仏蘭は世界に植民地を持つてゐた。帝国主義である。その帝国主義を支持するといふとんでもない男である。帝国主義は置いておくとしても、一方の側で戦争をすれば不問に付すといふとんでもない戦争肯定主義者である。

八月六日(火)「西洋の『民族』なる概念は邪悪な学問である」
日本の西洋かぶれ言論人は麻生発言について、欧米ではヒトラーがどのように扱はれてゐるか考へるべきだといふ主張をした人が多い。山口氏のおよそ文明社会では受け入れられない無知や非常識もそれと同じ流れである。ヒトラーのユダヤ人虐殺は絶対に許されないが、あの思想はヒトラーだけではない。欧州全体のものである。それをヒトラーが悪用した。だから戦後は無理やりイスラエルを建国し欧州はユダヤ人をパレスチナに押し付けた。その自分勝手な論理こそアジアは批判すべきだ。
近代西洋人は野蛮だからすぐ「民族」なる語を持ち出すが、人間は民族には分類できない。中間があるからだ。例へばスリランカではかつてはシンハリ人、タミル人の区別はなかつたといふ。シンハリ人同志でも言葉が通じないことがあるからだ。日本でも同じで奄美、沖縄、津軽の言葉は何を言つてゐるか判らないし、日本語だといふことさへ判らない。二十年近く前に奥羽本線に乗つたとき老人同士の話が日本語だと判らなかつた。たまたま「入学試験」だつたかそれと似た単語が一つだけあつて日本語だと判つた。ドイツとフランスも同じで言語の構造は似てゐるから同じ言語と言へなくもないし単語の語源を遡ると別の言語にもなる。
ナチスにはユダヤ人虐殺以外にも問題点がたくさんあり、麻生発言はそのユダヤ人虐殺以外のナチスを見習ふものだからやはり到底受け入れることはできない。しかし多くの人がナチスと聞いて顔をしかめるのはユダヤ人虐殺であり、それは西洋の近代学問から出た問題である。勿論中世に遡れば異教徒問題がある。しかし異教徒だからといつて虐殺はしなかつた。長い歴史で権力機構は堕落した。それが原因のものと近代学問の持つ堕落しなくても存在する残酷性は区別すべきだ。
近代学問の持つ残酷性とは自然科学と社会科学の急激な発達に人間の良心が追ひつかないことである。山口氏はアジアに居住するのだからこれくらいは考へるべきだ。

八月七日(水)「シロアリ民主党は邪悪な野望を持つグループで構成される」
麻生発言について山口氏は
彼及びその周囲にいる改憲派が、ヒトラーのような邪悪な野望を持っているのかどうか、私にはわからない。

といふ。この発言のどこが問題かといへば山口氏がこれまで過度に支持したシロアリ民主党こそ邪悪な野望を持つてゐることだ。菅派、野田前原派の場合はまづ議員になりたいといふだけで立候補した。国民のためといふ観点が完全に抜けてゐる。だからやることと言へばアメリカの猿真似だけである。労組系の場合はもともと労組の必要がない大企業の出身だから国民と感覚がずれてゐる。丁度、豪農に一揆組織があつて小規模自作農や小作農にはないやうなものだ。彼らも考へてゐることは議員でゐたい。それだけだ。労組の場合は役に立たない人や邪魔な人を単産に送り込んだり議員に祭り上げたりするから極めて質が低い。
もちろん自民党だつて議員になりたい大臣になりたいといふ人ばかりである。それでは自分のための政治屋を国民のための政治家にするにはだうしたらよいだらうか。それはまづ秘書を廃止する。歳費を廃止し国民の平均年収を手当てとして支給する。場合によつては落選議員にも手当てを支給してもよい。学者ならこの程度は考へるべきだ。西洋の猿真似しかできない学者は不要である。

八月八日(木)「憲法改正」
山口氏は
憲法改正をタブーにしてはならないという利いた風な議論がある。しかし
と続けて、改憲を主張する人々が、ナチスを見習ふだとか従軍慰安婦は必要と主張する以上、
彼らの打ち出す改憲論は、封じ込めなければならない。
といふ。私もナチスを見習ふだとか従軍慰安婦は必要とする主張には反対である。しかし憲法改正には賛成である。私だけではない。多くの国民が賛成である。かつての米ソ冷戦時代と異なり、今の護憲運動は丸山真男式の拝西洋反アジア思想が根底にある。戦前の軍部と変らない。
米軍がイラクで多数の民間人を殺害したことは見ないふりをして在日米軍は放置し、それでゐて平和を叫ぶ。国民はその偽善を見抜いたからこそ、都知事選挙では石原氏の後継の猪瀬氏が圧勝した。

八月十二日(月)「山口氏は売国奴だ」
山口氏は昨日のコラムで次のように述べた。
憲法九条は、戦争及び敗戦の記憶と表裏一体である。また、侵略戦争を起こし、連合国に打ちのめされた日本が戦後の国際社会に入るための資格証でもある。

最初の文章は論理が矛盾してゐる。こんな男を国立大学の教授にしておくことは税金の無駄遣ひである。憲法九条が「記憶と表裏一体」なら、戦後生まれがほとんどを占めた時点で憲法を改正してよいことになる。
その次の文章ではまづ「侵略戦争」といふ。当時の西洋列強はいずれも侵略戦争を引き起こし植民地を獲得した。アメリカに至つては国全体が植民地である。戦後も列強は植民地を手放さなかつた。だからフランス軍はベトミンと闘ひディエンビェンフーで大敗したし、イギリスはインドで収拾がつかなくなり撤退した。決して植民地を自主的に解放した訳ではない。それなのに西洋列強の侵略戦争は免罪にする。
同じ文章の後半では「国際社会に入るための資格証」だといふ。だとすると当時の同盟国だつたドイツ、イタリア、タイは日本の憲法第九条と同じ条項を持つてゐるのだな。もし一カ国でも持たないで国際社会に入つた国がある場合は山口氏はだう責任を取るか。

八月十三日(火)「朝鮮戦争、ベトナム戦争、米ソ対立、ソ連崩壊が見えない山口氏」
山口氏は続いて次のやうに言ふ。
戦後は終わっていない。米国も中国も第二次世界大戦の勝利国という立場は共通である。
山口氏には第二次世界大戦の後に、国共内戦、アラブイスラエル戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中ソ対立、ソ連崩壊があつたことを知らないらしい。無知な男である。続けて
今の中国が民主主義国とは言い難いが、歴史的に見れば、これらの国々は第二次世界大戦において民主主義がファシズムを打倒したという物語を固守し、それを修正する動きは許さない。
ここでも無知ぶりを発揮した。今の中華人民共和国が民主主義かだうかは関係ない。当時の中華民国が民主主義がだうかだ。蒋介石は当時も台湾に逃げた後も独裁である。
日本人は中国に対して卑屈になるかその反動で尊大になるかで、これではいつまで経つても親善が深まらない。日華事変は日本と国民党右派蒋介石軍閥との戦闘である。蒋介石の背後ではイギリスとアメリカが糸を引いたから、代理戦争ともいへる。それらの事実を考へず日本は中国を侵略したと短絡することで親善が深まるならさうしたほうがよい。親善を阻害するなら日本と蒋介石軍閥の戦闘、そしてイギリス、アメリカとの代理戦争と考へるべきだ。
侵略であつたかだうかは今の日本と同じである。日中親善を考へる人がゐる一方で中国を馬鹿にする人もゐる。当時もさうだつた。戦前は軍事力一辺倒の時代だからさういふ意識の人が多い以上、事変が起これば必ず侵略になる。

八月十六日(金)「聞いて呆れる文明人」
大筋としては我々日本人も民主主義の勝利という物語に沿って行動しなければ、文明人として扱ってもらえない。

山口氏はシロアリ民主党と関係が深く、その中でも菅直人と関係が深かつた。多くの国民は消費税に反対して民主党に入れた。菅は公約にない消費税増税を突然言ひ出し、それによる混乱は今でも続いてゐる。菅は民主主義の敵である。といふことは山口氏も民主主義の敵である。
第二次世界大戦は帝国主義どうしの醜い植民地争奪戦である。この一言で山口発言は根底から崩れるが、別の切り口から崩さう。連合国側にはソ連が含まれるが山口氏の主張によるとソ連は民主主義といふことになる。それでよいのか。
イギリスはヒトラーと協調しようとしたことがあつた。このときのイギリスは民主主義ではない或いはこのときのドイツは民主主義なのか。ドイツとソ連は条約を結んでポーランドを分割した。このときのソ連はだうなるのか。
一番の問題点は「文明人」といふ言葉だ。帝国主義は文明人なのか。山口氏が文明人といふと西洋かぶれが露骨に表れた実に嫌な響きがする。

八月十八日(日)「民主主義を維持するには」
民主主義は平時しか維持できない。少なくとも1929年のときはさうだつた。不況時には緊急の経済政策が取れないし、戦時には機密情報を発表できないからだ。だから1929年10月24日のニューヨーク証券取引所での株価大暴落をきつかけに世界で大恐慌が起き、経済力の弱い日本、ドイツ、イタリアは大変なことになつた。アメリカ、イギリス、フランスが乗り越へられたのは植民地を持つてゐたからだ。域外からの輸入を禁止すれば乗り越へられる。それなのに山口氏は表面しか見ない。そして米英仏を有り難がらないと文明人ではないと言ひ出す。


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