三千二百七十八(うた)地元の話題(セミ)行動日記(眼科から炎天下の帰路)報道を読んで(議員や委員にすべき人は)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
八月一日(土)
今夏に気付いたことがある。セミの鳴き声が、飛び地になった。かつては、至る所で鳴いた。民家の壁や電柱でさへ、鳴いた。今は、木が残る庭の在る家だけだ。
各家の庭木と草は棲息地 多くの家に自家用車増えて今には駐車の場 多く生き物うつせみと為す

反歌  セミの声かつては季語も木が減りてうつせみと消え今は飛び地に
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八月五日(水)(リンクの関係で、三日より五日が先になった)
朝、眼科へ通院し、予約の視野検査を受けた。一年または六ヶ月ごとに視野検査を受ける。併せて眼底写真を三方向から撮ったために、瞳孔を開く目薬を点した。
帰りに信金へ寄らうと思ったが、右だったか左だったか覚えてゐない。右へ少し歩いたが無ささうなのと、良く見えないので、左へ歩き始めた。すると信金があった。用事を済ませたあと、外へ出ると眩しくて歩いてゐられない。ほとんど目を閉じて、何とか家まで帰った。
今まで、眼底検査は何回か受けたし、昨年は白内障の手術もあった。今回だけ歩けないほど大変なのは、日が強い為だらう。あと信金の店内が比較的落ち着いてゐるので、眼が暗い状態に慣れたかな。
眼科医を出て歩くさへ困難に真夏のせいか加齢の為か

院内に、移転先募集のポスターが貼ってあった。帰宅後に調べると、開院して八年。手術室の設備を見て、移転は早い、と思ったが、待合室の混雑から考へると、移転はあり得るし、家主が家賃高額値上げを通告したのかも知れない。
行動日記(百六十六)
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八月三日(月)
信濃毎日新聞のホームページに
松本市で閉業した旅館が再開 「家族が守ってきたものを途絶えさせて良いのか」娘が一念発起

が載った。
5年前に閉業した松本市奈川の旅館「鳥屋沢(とやさ)」の建物でそば店を営んでいた高宮喜恵(きえ)さん(57)が、旅館の営業を再開させた。高宮さんは両親が開業し、兄が営んでいた旅館を継承し、2月にまずそば店として再開。周辺で古民家の再生に取り組む有志とも協力しながら、地域をもう一度盛り上げたいとしている。
旅館は高宮さんの両親が1992年に開業した。母・宗子さんが女将(おかみ)として切り盛りし、釣りや奈川の温泉を楽しむ観光客でにぎわった。近年はガソリンスタンドを経営する兄が営業を担っていたが、本業の多忙や人手不足で5年ほど前に閉業した。

これはよい内容だ。
「家族が守ってきた旅館を、このまま途絶えさせて良いのか」。2年前に母が亡くなり、当時同市波田に住んでいた高宮さんは閑散とした閉業後の旅館を見て一念発起。そば店で働いていた経験を生かし、実家に戻ってまずは旅館をそば店として今年2月に再開させた。地域で古くから栽培される在来種「奈川在来」を使った十割そばを自ら打って提供。手応えをつかんだ。
 奈川地区では他にも空き家や空き店舗の再生に取り組む有志が増えているといい、周囲の友人と協力しながら旅館についても再開を準備。閉業前からの常連客の励ましも支えとなり、5月に旅館を再開した。

高宮さんは忙しいのでその時間は無いが、議員や委員には、かう云ふ人たちに出てほしい。何々省の幹部だの、それより若い人たちだの、或いは大労組執行委員だの、さう云ふ人たちは、既にある予算を自分の側に引き入れるだけで、全体では役に立たない。
全体の水を増やすが大切も我田引水役立たずかな
(終)

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