三千二百五十八(うた)いろは亭最悪の出し物(浪曲師と噺家の二人会)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
七月十一日(土)
これまでに観た中で、最悪の出し物に出会った。東京の浪曲師と、上方噺家の、二人会である。浪曲師の出し物は「浪曲百人一首」、噺家は「真田小僧」。真田小僧は、子の強欲ぶりが酷いので不快だった。とは云へ、これが上方落語の笑はせ方かな、松竹ではなく吉本流やな。なぜ小生迄、大阪弁になるんや。船場言葉でっせ(<-ほんま?)
(因みに、この噺家の師匠は、松竹所属。この人自身は、聞いたことのない事務所所属。AIで検索したら、所属者は、この人のほかに実名は出てこず「数多くのキッズモデルや俳優、ボイスタレント、広告モデルたちが所属・活躍しています」と出た。「この人のほかには」と訊いたところ、「元プロ野球選手の(氏名略、二名)がいます。事務所の全体の構成としては、テレビやラジオで広く名前が知られているタレントよりも、関西のCMや広告、ドラマ、再現VTRなどで活躍する実力派のモデル・役者が多く在籍しています」と出た。)
このあと、二人の対談だが、最初は声のにごり(だみ声)についでで、これは興味深く聞いた。その次の、上方落語は絶滅寸前にまでなったのに、演目を交換し合ひ、今の隆盛を迎へた。ところが、浪曲は一門で演目を独占する。それは、全国に浪曲師がたくさんゐた時分の話だ。ここまではよかった。
ところがそのあと、下方(上方から格下げ)落語家が、修行は誰もがやってゐる、といった。これは問題ない。ところが、暫くしてまた云った。更にそののち、二回は言った。しかも、口角を飛ばして絶叫する。
小生は三列目だったが、出演席が見えるやうにあくびをしたあと(と云ったも、口だけで、手を挙げたりとかはしなかった)、聞こえないくらいの声で「つまらない話だ」とつぶやいた。
その直後に、浪曲師が話を切り上げて、この話は聞かなければよかった、と言ったので、聞こえたのだらう。ここで中入りになった。
上方の出身なのに東京に本拠を移し活動し 三回破門は度々の遅刻とその場の嘘を吐き修行も実に不誠実 今日の対談その典型に
反歌
芸人は 悪口云ふな 同じ事繰り返し云ふな 誠実欠くな
反歌
三回の破門の後に取り消しは二回が限度師匠後悔か
中入り後は、地下最下地層地獄方落伍者(全面格下げ)が「ふぐ鍋」、浪曲が「善達箱根山」だった。「ふぐ鍋」は、江戸流なら軽く流すが、上方はこれほどしつこいのか、とうんざりした。とは云へ、今まで上方落語でうんざりしたことはないので、この人の演じ方だらう。
トリは「善達箱根山」で、聴いた後に、芸人は芸で勝負をするべきだ、と再認識した。雑談や、私的話題をしてはいけない。とは云へ、二人の雑談で気になったことがある。なぜ、こんなつまらない部分で、笑ふのか。二人それぞれの、熱烈愛好者が詰めかけたのなら、あり得る。
とは云へ、明らかに浪曲師の愛好者と思はれる人が、落伍者の発言に笑ふ場面があった。その前に浪曲師が、この人と長い対談をしたかった、と話したので、その影響かも知れない。
あまりに低評価だと、許容範囲の欠陥も、不合格になる。落伍者の一つ目の演目は、内容を既に知ってゐたので、落ちが分かった。もし知らないなら、落ちの意味が分からなかった。按摩師を違ふ表現(例へば、心持ち屋)と呼んだか。どちらにせよ、観客に分かるやうに云はないと失格だ。
この人の演目に、もう一つ欠陥がある。導入部分(まくら)で、NHK朝ドラの端役に出演し、後半にもう一回出演する筈なのに、連絡が来ない。マネージャに確認させたら、忘れられてゐた。しかも番組は収録を終はってしまった。マネージャに、もう一回出演させろと交渉させ、出演が決まった。
これは、忘れられたことや、この日のために髪型を保存したのに無駄になった、と云ふ笑ひ話のふりをして、実際はテレビ出演を自慢する。テレビに出演するだけでは、偉くも何でもない。それでどう評価されたかどうか、だ。
中入り前の雑談で、観客席を不愉快にさせたのだから、少しは謙虚になればよいのに。不愉快にさせたからこそ、俺はテレビに出演したし、もう一回出演するのだぞ、と見せつけてごまかすつもりだったのかも知れない。
二人会の欠点は、無責任になることだ。主任(トリ)なら、責任を伴ふ。二人会だと、それが薄れる。だから、今月はもう一つ、若手の会を予約してあったが、本日は対談が酷く、二人会はこりごりなので、キャンセルにしてください、と送信し翌日に、手続き完了の表示が出た。
二人会トリが不在で対談は芸を離れて芸人に非ず(終)
追記七月十一日(土)
浪曲師には、何の不満も無かったが、本日になって、検索すると、今年六月に改名し、亭号を省いた。東京の、落語定席4つ、浪曲定席一つのうち、確か新宿末広亭だけは、亭号を省く。江戸時代まで庶民は姓を名乗らない為だらう、と考へた。小生はこれに倣ひ、芸人をホームページで紹介するときに、亭号を省く。だからと云って、個人が芸名から、亭号を省いてはいけない。
二代目玉川勝太郎と三代目は、根津に住んでゐた。三代目の娘は、妹と同級生なのでよく我が家に遊びに来た。
今回の浪曲師は、二代目玉川福太郎の弟子。初代玉川福太郎とは、後の三代目玉川勝太郎である。
もう一つ、これは浪曲と無関係だが、小生には玉川上水を調べる趣味があった(過去の一覧)。過去形なのは、今は沿線へ行く用事が無いためだ。あれば、趣味を再開するだらう。
玉川は上水二代目三代目三つのえにし今も懐かし
「いろは亭、浪曲と古典芸能五十三」
メニューへ戻る
うた(一千八百九十七)へ
うた(一千八百九十九)へ