三千百十四(朗詠のうた)大乗経典の多層性
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
二月十日(火)
続、楞伽経では、妙法蓮華経(法華経)と華厳経が、大乗前期に作られ始め、中期に現在形になったことを示した。
富永仲基は法華経を、能書きばかりで肝心の丸薬がない、と批判した。実は、小生も同じ感想を持ち続けた。あと小生は、塔が地面から現れたり、釈尊の眼から光が出るなど、非現実的な表現も嫌ひだった。
その逆に、智顗など法華経に傾倒した人もゐる。その理由は、大乗前期に作られて大乗中期に固定された、長期間の多層性にある。批判する人は、悪い層に注目する。傾倒する人は、佳い層に注目する。
そして小生は、長い文章が嫌ひなのも影響した。だから短編物語を書くが、長編は書かない。法華経は、例へも物語も、長すぎる。
ひらがなを取り出し繋げ もろこしの言葉と変へて読み進む 反り歌に見る或る教への名

反歌  たへのりはちすはな也長文為

二月十一日(水)
神仏と科学が未分離の時代では、教義が複雑化する。(1)初期仏法が複雑化し、(2)部派仏法になり、(3)大乗が現れ前期は共存、(4)中期は大乗による部派敵対になり、(5)後期は密教が現れた。
(1)になる前、つまり初期仏法のままだったら、その後はどうなっただらうか。大乗は現れなかっただらう。アショーカ王の時代に、個人から社会の神仏へと発展したが、教義が複雑化しなければ大乗の余地はなかった。
三乗の考へは(4)の時代に、大乗が部派より優位に立たうとして、出てきたのだらう。その前は、比丘と在家(と例外で独覚)しか存在しなかった。法華経は、三乗を新しい一乗に統合したとよく云はれる。しかし二つ問題がある。
まづ三車火宅の譬へで、羊車、鹿車、牛車は存在せず、本当に存在した大白牛車と牛車は同じではないのか。
二つ目は、大乗の僧は比丘だし、それは現在も同じだ。つまり三乗は、六道の人間である比丘が目指す目標を掲げたと考へるべきだ。そしてこれは、教義の
元の国仏の教へ難しく為りて無くなり 北の国伝はり今に 南には古き教へが島を経て合はせ五つの国へ伝はる

反歌  南には五つの国とごく僅か六つの国へ今に伝はる
ごく僅か六つの国とは、ベトナム、インド、バングラディシュ、マレーシア、インドネシア、中国。(終)

「原始仏法を尋ねる」(二百十三) 「原始仏法を尋ねる」(二百十五)

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