三千七十八(うた)短編物語(アショーカ王と徳川家康)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
一月十日(土)
第一章 アショーカ王
アショーカ王がゐなかったら、仏法はジャイナ教と同じく極めて少数に留まった。ジャイナ教がインド人口の0.4%なので、仏法もこの程度であらう。しかしアショーカ王がゐなかったら、仏法は滅びず、元の姿が今でも続いた。仏法を、山岳から社会へ展開し、社会がイスラム化したときに滅んだ。
この物語は、アショーカ王がゐなかったときに、アジアの仏法はどうなったか、である。と云っても、仏法はインドの山岳信仰に留まった。アジア各国はおろか、インド社会にも広まらなかった。既に結論は出てゐる。
ジャイナ教が今もインドに存続するからと云って、日本人で興味を持つ人はゐない。同じやうに、インドの山地に仏法が存続するからと云っても、スリランカ人、ミャンマー人、タイ人、ラオス人、カンボジア人、日本人、中国人、韓国朝鮮人、ベトナム人は、誰も見向きをしない。

第二章 徳川家康
アショーカ王と似たことをやった人に、徳川家康がゐる。家康の時代に、日本国内の寺院数は急増した。それまで、一部の信者が自分に合った宗派を信仰したのに対し、寺請け制度でどこかの寺に所属しないと、家を持つことや結婚することや就職することや旅行ができなくなった。
しかし、アショーカ王と家康は、最初の目的と、現代への影響が正反対だった。家康の目的は、切支丹を無くすことだった。現代への影響は、アショーカ王が仏法をアジアへ広めたのに対し、家康は日本から仏法を滅ぼした。
アショーカ王 仏法に帰依広めるも バラモン教を敵視せず 敵視を排除文化融合

反歌  家康は切支丹から国内を守るの後も寺請け制度 二代三代
家康ではなく、二代三代が悪かったとも云へる。特に三代目。

第三章 インドの現状
インドは、初代法相で不可触民層出身のアンベードカルが反カーストから始めた仏法が復活し、人口の0.7%を占め、ジャイナ教を超えた。しかしジャイナ教が、教祖の時代から今に至るまでずっと続くのに対し、仏法は一旦滅んた後に、反カースト運動から再興された。だから南伝仏法や大乗仏法とは、異なる。

第四章 アショーカ王の功績
アショーカ王の功績は、スリランカ、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、に広まった仏法が、それぞれの国で文化の一部になったことだった。インドにイスラム教が来ても、ヒンズー教は文化の一部なので滅びなかった。仏法も、アショーカ王の後は文化の一部だとすることも可能なので、ヒンズー教に吸収され、釈尊はヒンズー神の一員になった。
徳川家康は仏法を強制し、長い間には文化の一部になったが、なったのは檀家制度だった。だから明治維新で神仏分離僧侶妻帯のときに、これらは受け入れて仏法は消滅し、檀家制度だけが残った。
妻帯僧非僧非俗と名乗るなら問題は無し仏法存続
(終)

兼「原始仏法を尋ねる」(二百六) 「原始仏法を尋ねる」(二百八)


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