三千七十三(うた)短編物語(AI三人、個人崇拝を語る)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
一月五日(月)
第一章 はじめに
個人崇拝の罠について、AI三人に語ってもらった。前回の短編物語で、AIは未来を知ってはいけないことになった。これは、或る時代に行った場合の話だ。今回は、現代について語るので、未来はまだ無い。
第二章 釈尊、開祖、創設者は、個人崇拝か
仏法の釈迦牟尼仏、中国律宗の道宣和尚と日本律宗の鑑真和尚、中国禅宗の達磨大師と日本曹洞宗の道元和尚、石原が昭和二十四年まで信仰した国柱会の田中智学居士。これらは、個人崇拝だらうか。これがまづ、話題になった。
個人崇拝ではない、が三人の一致した意見だった。
釈迦牟尼仏は、悟りと、卓越した教導法で、弟子や信者が集まった。道宣和尚から田中智学までは、師匠から教はった教義を卓越した布教で広めた。そこには、個人崇拝の入る余地はない。
とは云へ、と永禅和尚が続けた。釈尊から道元和尚までは、組織が小さかった。仏法僧伽が大きくなったのはアショーカ王の時代だし、律宗は今でも小さい。禅宗は受け入れられず達磨大師は面壁を続けたし、道元禅師の曹洞宗が大きくなったのは瑩山和尚の時代だった。それに対し、国柱会は大きくなったから、晩年の田中居士は個人崇拝があったかも知れない。石原も、田中智学が亡くなったあと、後継者争ひで組織が分裂した経緯を見てきたので、異論はなかった。
仏法の組織が大きくなるときに 個人崇拝後継を争ふことは中進の罠
反歌
貪瞋痴無くすことこそ仏法も増ゑる訳あり組織魔が棲む
第三章 新興宗教
新興宗教は、創設者の時代に個人崇拝になり、大きくなるのが速かった分、小さくなるのも速い。これも、三人の一致した意見だった。一方で石原は、既成宗教でも急に拡大すると個人崇拝になり、やがて急に衰退すると云ふ。その例として、国柱会が連携した寺とは、元は兄弟寺だったが、後に疎遠となり、明治時代に別の宗派になった寺を挙げた。
あの宗派は、宗務院、宗議会、参議会、監正会、と権限が分かれ、管長の任期は七年だった。それなのに、信徒団体の急膨張とともに、管長への個人崇拝になった。そして、僧侶の半分を破門にして、次に信徒団体を破門にして、元に戻ってしまった。バス会社の副社長が自殺したり、団体列車専用ホームが使はれなくなったり、団体列車を八編成掛ける十二両留める操車場が廃止されたり、品川駅の団体待合所がなくなった、と説明した。
二人の和尚には初耳だったので、石原さんは鉄道に詳しいですね、と云ふと、日露戦争は鉄道なしには語れないし、その後の関東軍は南満州鉄道の守備隊だった、と説明した。
第四章 現世利益
新興宗教が急膨張するのは、現世利益が理由ですね、と二人の和尚が云った。石原も、反対ではなかったが、戦前は西洋列強から植民地にされる心配があり、国柱会は現世利益ではなく、国の独立維持が目的だった。それは先ほどの信徒団体も同じで、国家諌暁を主張して不敬罪と治安維持法違反で逮捕者や獄死者が出た。獄死は、現世利益の反対だ。
ところで、と石原が云った。曹洞宗が伸びたのは瑩山和尚の時代で、祈祷がその理由なので現世利益では、と良寛和尚に質問した。和尚は、瀕死の人や災害や飢饉を目の前にして、僧侶は自分の無力さを嘆いたことでせう。日本の仏法界に坐禅のみの宗旨は新鮮に見えたし、更に祈祷が出来るやうになるなら、との思ひだったのでせう。
信徒が祈祷を求めたのではなく、僧侶がその力を求めた。同じ例に、門徒宗がある。非僧非俗は敷居が低いので、なる人が多かった。三人に取り、仏法の話は尽きることが無かった。
神ほとけ文化の中に納まるが人と社会が安定し なごみの国は光輝く
反歌
神ほとけ現世利益は魔の魅力文化の枠が調和を図る(終)
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