三千六十六(うた)短編物語(石原、信玄謙信仲介を試みる)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
一月一日(木)
第一章 信玄を説得
戦国時代最強の武将は、信玄と謙信だらう。この二人が争ったために、信長、秀吉、家康の三奇人が漁夫の利を得て、その後の日本は歪んだものになった。
そこで、石原莞爾に朝廷から近衛中将の役職を与へ、信玄と謙信を仲介させることにした。そして今回から歴史学者の意見を取り入れて、すべての登場人物はAIでも、未来のことを知ってはならないことにした。これは石原も同じである。
石原は、この調停で難しいのは信玄と見た。謙信は幕府を立て直すことに熱心と見られたからだ。信玄は、信濃を手に入れることしか眼中に無いので、説得は難航した。とは云へ何とか納得させ、これで九割がた成功と喜んだ。
信玄は欲に謙信無欲にてまづ信玄に納得させる
第二章 謙信の説得に難航
ところが予想に反して、謙信の説得は難航した。このままでは交渉決裂だった。そこで、石原がAI対談で何回か会ったことのある良寛和尚を連れて行くことにした。良寛和尚も、未来のことは知らない。
謙信は、良寛和尚を見るなり、この乞食坊主が何の用だ、と露骨に不快感を顔に出した。しかし話をしてみると、的確な答が返ってくる。しかも、謙信は幼少の時に城下の曹洞宗林泉寺で育成された。良寛和尚は曹洞宗である。次第に良寛和尚が懐かしい恩師に見えてきた。
更に良寛和尚が真言宗国上山の五合庵に住むと聞き、大いに喜んだ。謙信は真言宗で出家したからだった。そして良寛和尚の進言を入れて、信玄と同盟を結んだ。
謙信が七堂伽藍を整備した国上の寺は十万石に
第三章 信玄謙信連合軍北条を滅ぼす
信玄と謙信に取り、北条のやうな成り上がり者は好きでは無かった。早速信玄謙信連合軍は、北条を滅ぼした。北条に圧迫されてきた関東管領上杉が、信玄と謙信に接近してきた。そこで表の顔を務めてもらふことにした。ここに関東甲信越の、巨大連合が誕生した。
第四章 幕府再興
今川、織田、斎藤は、関東甲信越巨大連合に対抗できず、領地を保障してもらふことと引き換へに、領内自由通過を認めた。かうして、室町幕府は再興された。
信長、秀吉、家康の三狂人が出現しなかった効果は大きい。イエズス会が進出してくることはなく、鎖国をすることもなく、幕末に黒船が来ても誰も驚かなかった。同じやうな船は、日本にもたくさんあるためだ。
暦は、太陽太陰暦が今でも使はれる。時刻は、電灯が使はれるやうになった頃に、日の出日の入りを気にする必要が無くなり、定時法に切り替へられた。
西洋列強が世界中を植民地にし始めた時も、日本が列強と同じ技術と経済力と軍事力を持つために、インドから東側は植民地にならずに済んだ。
徳川は寺請け制度寺を滅ぼす 江戸時代鎖国制度で取り残される 薩長は西洋猿真似戦に負ける 終戦後アメリカ崇拝国を滅ぼす(終)
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