三千五十九(うた)いろは亭
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十二月二十八日(日)
いろは亭は、去年の十一月以来、空いてしまった。母のデイサービス送迎に、妻か小生がゐることが必須になったこともあるが、小生の志向が変化したこともある。昨日は動画で、歌謡浪曲を聴いたが、途中で止めた。無名の歌手だったせいもある。三波春夫や藤圭子のやうに有名な歌手なら、違った結果になったかも知れない。
そのやうな時に、いろは亭から案内が郵送されて来た。いろは亭の番組表は、月一回インターネットで調べる。だから郵送しなくても大丈夫だが、他の会場での催しも同封されるため、電話を掛けて断るといろは亭で事務処理が大変だらう、とそのままにしてきた。
来月から、水曜の若手の会が、二つに分かれる。午前十一時から十二時の二つ目二人の会と、午後二時から三時の若手真打一人の会、だ。もう一つ、定席は土曜午後二時から四時になった。今までは、日曜にもときどきあった。今後は金曜と日曜に特別企画ださうだ。そして一月は、特別企画がない。貸席は、一つづつある。
小生は、水曜の二つ目または若手真打を鑑賞しようと思ふ。鑑賞と往復で一時間づつ。二時間なら、母を一人にしても大丈夫だらう。
演芸を愛好びとは 年を経て若きを応援するためし昔も今も引き続く 我が人生も例外ならず

反歌  浪曲の若きを応援する前にまづ一月は噺家鑑賞

十二月二十九日(月)
市区町村立の公会堂で、落語公演をやることがある。近くに寄席が無い地域ならまだしも、あるのにやってはいけない。民業圧迫になる。
もう一つ、浪曲や講談をなぜやらないのか。GHQ命令がまだ有効なのか、と皮肉を云ひたくなる。落語家は人数が増大した。それに比べて、浪曲と講談は減少を続けた。特に男性の激減が目を引く。
市区町村が応援すべきは、浪曲と講談ではないのか。因みに小生は、講談は嫌ひになった。過去四十年間に二人、個人の意見を講談の中に入れた人がゐた。四十年に二人だから少ないが、講談を聴く機会は過去に五回程度なので、極めて多い。
講談嫌ひの小生が、市区町村が応援すべきは浪曲と講談だと云ふほど、現状は異常だ。
年明けに若手の会を聴きに行く 待たずに挙げる市区町村 記事の年越しせずに終了

反歌  特集は三点五キロ下限あり市区町村で無事に元日
反歌  年越しは蕎麦と平穏世の中に楽し人生仲良し一族(終)

「いろは亭、浪曲と古典芸能四十四」 兼「いろは亭、浪曲と古典芸能四十六」

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