三千五十八(うた)科学博物館第七回目訪問記(宇宙を探る、物質を探る、期待外れ講演会)
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十二月二十七日(土)
本日は前回の続きで、宇宙館地下三階の、宇宙を探る、物質を探る、を観た。どちらも興味深く観ることができた。とは云へ、高校程度なので午後三時前には見終はり、椅子で暫く休んだ。学校が冬休みのせいか、本日は混んでゐた。そのため、疲れが溜まった。
冬休み故博物館は子供連れ文化の日並み混雑疲労

館内放送で、日本館の建物についての講演がある。時間は三十分である。これが、まったくの期待外れだった。始まる前に、質問は一人一つでお願ひします、と司会が話したので、質問が少ない時は手動扉のエレベータについて質問しようか、と考へた。ところが講演は
(1)古い建物は、役所など違ふ用途で使はれたあと、博物館になったものがほとんどだ。しかしこの建物は、最初から博物館だった。
(2)1905年の建築。第二次世界大戦の終戦は1945年なので、その前。前と後は異なる。
(3)日本は木造だった。建物とは別の話になるが、明治維新で武士の世から天皇を中心に民主主義になった。
以上を1分で話すなら、よいことだ。それなのに5分以上掛かった。あとは寝てゐたので、内容は分からない。この講演の悪い理由は、準備をしてゐない。つまり雑談だ。話す相手がゐないので、一人雑談だ。
話が上手ではないのは構はない。しかし準備をせず、一人雑談とは横柄だ。講演とは、直列に幾つも並んだ水道管の栓と同じだ。一ヶ所でも栓を閉めれば、そこから先は水が流れない。話も、一つつまらない話題があると、そこから先は聴かなくなる。
但しこれは、普通の演説の場合だ。わざわざ講堂へ足を運んでくれるのだから、途中につまらない話が入っても、興味深い話に戻れば、また聞いてくれる。それでも二つで三分が限度だ。
それに対し、今回はつまらない話が三つ続き、五分間を費やした。これまでの流れから、興味深い話になることはないだらう。さう思ったら、眠くなった。
会場にゐる人たちは、建築の話を聞きに来たのだから、先ほどの(1)だと、最初から博物館だと、さうではない場合と比べてどこが違ふかを話せばよい。同じく(2)も、前と後でどこが違ふかを話せばよい。しかし(3)は、時間が無駄だ。明治維新で武士の世が終はったことは、誰でも知ってゐる。分かり切ったことを云ってはいけない。天皇を中心とした民主主義になったか、民主主義ではなかったかは、人により意見が分かれる。さう云ふ問題に、自分の意見を押し付けてはいけない。
(12.31追記 強いて(3)で建築と関係ある話にするには、欧米のどの国から倣ったかで建築様式が異なる、とするのがよい。)
以上(1)から(3)の対応は、即応力不足、反射神経不足、と云へる。とは云へ、一番悪いのは、準備をしなかったことだ。

今回で、科学博物館は一通り見終はった。再度、見直したい気持ちはあったが、本日は混み過ぎた。
本日は科学博物一通り見終へ再び来ることを 混雑故に結論が出ず

反歌  わが歌はひとの作らぬ作風にこれを進めて世の為となる
疲れたせいもあったが、科学博物館訪問記をこれからも続けるより、帰宅して歌を作ったほうが世の為になる。さう思ひ、いつもより30分早く博物館を後にした。(終)

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