三千五十七(うた)報道を読んで(関ケ原、共産党と単純唯物論)
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十二月二十六日(金)
関ケ原の戦ひを、新たに評価したと云ふ記事を読んだ。既に家康の天下は決まってゐて、合戦は小規模だったとするものだ。合戦の規模は分からないが、家康の天下はやはりあのときに決まった。それは、反家康の大名が改易になったり、領地を大きく削減されたからだ。
あの敗因は、秀頼が西軍の先頭に立たなかったからだ。幕末の徳川慶喜にそっくりだ。実力で戦に勝つのではなく、勝ち馬に乗らうとした。
秀頼は父親さへも不明にて淀殿狂ひ最後は自滅
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十二月二十七日(土)
共産党の宣伝車が、演説をしながら横を通り過ぎた。車体には、ジェンダー平等と書いてあったが、これは欧米のリベラルなのでよくない。賃金で男女平等は進めるべきだが、ジェンダー平等だと何を平等にするのか不明だ。大相撲に女子を出場させるだとか、女子プロレスに男子を出場させるだとか。これらは、現実に性転換した選手をどうするか、欧米では大問題になってゐる。
かつて自社対立が続いた。社会党の陣営には、共産党も加はることが多かった。あの当時は、欧州の社会民主主義ではなく、アメリカ民主党の進歩主義でもなく、共産主義に近い社会民主主義を国民は支持した。そして、民社党や新自由クラブは、少数派に留まった。
共同通信のホームページ(及び、西日本新聞、北海道新聞、南日本新聞、など地方紙多数)に
共産、社民が合同街頭演説 リベラル結集、政権に対抗
が載った。
共産党の田村智子委員長と社民党の福島瑞穂党首は26日、合同の街頭演説を東京都内で行った。リベラル勢力として結集し、(中略)高市政権に対抗する狙いがある。田村氏は、政権が防衛費を増額して「軍拡」を進めていると批判し「戦争の準備ではなく、平和な日本をつくるために声を上げていこう」と訴えた。
この記事は、重大な誤りがある。片仮名でリベラルと書いたときは、悪い意味の「自由」だ。共産党とは、正反対のはずだ。哲学的に云へば、単純唯物論に転落した。
ポルポトや、文化大革命の毛沢東と同じである。毛沢東の場合は、単に権力闘争だったとすることもできるが。
リベラルは悪魔の思想 単純の唯物論に 近代の自由経済一つの根から
反歌
近代は自由経済温暖化野生滅亡悪魔の思想(終)
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