三千四十三(うた)ニュー新橋ビルと航空会館訪問記
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十二月十七日(水)
先日所用があり、航空会館へ行った。一時間ほど早かったので、ニュー新橋ビルに寄った。一階は前に来たことがある。金券安売り店と飲食店が並ぶ。しかし二階以上は初めてだ。マッサージ店、床屋、ゲームセンター、歯医者、雀荘、紳士服などが並ぶ。鉄道マニア向けの店があり、古い雑誌110円(税込)均一で、1976年の鉄道ピクトリアルを買った。他の雑誌が2000年以降に対し、これは掘り出し物だった。とは云へ、技術に偏り、これだとマニアは買はないかな。
ニュー新橋ビルは、昭和の雰囲気がする。約三百店が入居し、五階から九階は事務所、10階と11階は居住用。ところが帰宅後に調べると、解体建て替へが2023年に完成する計画だったが、2028年以降に延期された。この雰囲気が無くなるのは、残念だ。
ニュー新橋ビルの向かひには、飲み屋街がある。ここも昭和の雰囲気だ。ここも再開発の範囲に入るやうだ。
雑居ビル 飲み屋金券マッサージ床屋ゲーセン雀荘と 昭和の香り懐かしさあり

反歌  雑居ビル後ろに広がる飲み屋街ここも昭和の勤労者街
航空会館に着いても、まだ早かったので航空神社へ行った。ホームページによると
多くの航空殉難者の英霊を敬弔しその功績を讃えるため、(中略)昭和6年に航空神社が建立されました。(中略)霊爾簿総数は6,367柱になります。
昭和38年には羽田空港の羽田航空神社創設に伴い、祭神分霊祭を挙行致しました。
鎮座50年を機に航空平安祈願祭の神社へと転換し、航空関係者や旅行者の安全を祈願しております。

まだ時間があるので、六階の航空図書館へ行った。ここで「汎交通」誌を読んだ。日本交通協会の機関誌で、専門家による座談会「昭和の鉄道を語る」を興味深く読んだ。印象に残ったのは三つあり、一つ目は
十分な設備投資ができない中、それらは膨大な人手によって支えられ、(中略)貨物についても貨車や操車場が不足する中、職人芸ともいうべき高度なノウハウと多くの人手によって全国の貨物を捌いていました。(中略)これらのことが労働者側の意見を強め、国鉄末期の労使関係のこじれにつながるわけです。

二つ目は
国鉄の旅客と貨物の収入については、昭和37年度までは同等、(中略)昭和30年代初頭からトラックが急速に増え、(中略)鉄道はあらゆる荷物を運ぶので、50~60両(中略)がゆっくり走るのをよく見かけました。それが(中略)石炭、石油、石灰石とセメントなどに絞られ、(中略)特に石炭は貨物鉄道の大きな収入源でしたが、日本では割合早く掘り尽くしてしまった(以下略)

三つめは、複写しなかったが、通勤電車無料論で、通勤時間帯の為に膨大な投資が必要のため、通勤電車を無料にして、その代はり政府が面倒を見てほしい、と云ふものだった。
これ以外にも記事があるし、過去の雑誌も見たかったが、時間切れになった。
日比谷通り内幸町交差点 NHKは移転して路面電車は廃止され 航空会館収入は空飛ぶ如く安定し 航空協会活動と成る

反歌  予想外航空会館訪問が鉄道雑誌買ふと複写に
昔の内幸町は、都電が走り、NHKがあった。航空会館は、昭和四年に飛行館が建設され、昭和五十三年に建て替へて航空会館になった。その賃貸料などで、航空協会は運営されるさうで、これは立派だ。ホームページには
1973年(昭和48)までは朝日、毎日、読売の新聞3社が運営にあたっていましたが、航空会館の建て替えを機に航空会社に引き継がれました。

とある。(終)

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